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これで良かったのであろうか……と、樹は後部座席から過ぎゆく景色を見ながら思う。
助手席には女の子が一人。男はハンドルを握り、目的地まで車を進めた。
目の前の五千万という大金に圧倒され、思わず返事をしてしまったが……。
車内は、質問や余談を許さない重たい空気に満たされる。
そんな緊張感、沈黙の中、樹は睡魔と闘っていた。
現実と眠りの狭間を行ったり来たり。最悪、殺されるのではないかという想像までしたところで、それは奇妙な夢となり樹は深い眠りに落ちてしまった。
◆
「――着きましたよ」
樹は、ハッと起きる。
タクシーに乗った覚えは無いぞ、と運転手の顔を見たところで全てを思い出す。
「……夢じゃなかったのか」
「えぇ、夢ではありませんよ。さ、どうぞ」
どこか分からない山の中。暗闇の中、寒々しい風が木々をざわつかせる。
道案内するように先頭を男が歩く。落ち葉を踏む音が三人分、夜の山に響く。
「そろそろです」
男は、サーチャーとしての感覚を頼りに迷うことなく暗い山道を進んでゆく。
車を降りて数十分、目の前に淡い光が見えた。
「……これが、ダンジョン」
彫刻家のアトリエにでも来た様な……異質な塔は、辺りの風景と馴染むことなくその場にそびえ立っていた。
入口と思われる部分は淡い光が射し、内部を見る事は出来ない。
テレビでは見た事はあったが、実際目の当たりにするのは初めてであった。想像以上の大きさに言葉が出ない。
「では、お伝えした通りお願いします」
――用件、それは内部に存在するアーティファクトと呼ばれる装飾品を持ってくる事。事情は分けあって話せないが、それも五千万の内に含ませてほしいという内容であった。
酔いも眠気も醒めた今、何らかのアブナイ件に巻き込まれた様な気がしたが、ここまで来て断わると何されるか分かったもんじゃない。とにかく、さっと行ってさっと帰って来よう。そんな思いで樹はダンジョンに向かった。
「上着を預かりましょう」
「あ、すみません。お願いします」
「あと、これを……」
男はポケットから二つの指輪を差し出す。
「これは?」
「これがアーティファクトと呼ばれる物です。ダンジョン内部の脅威からあなたを守ってくれる事でしょう。お貸しします」
「は、はぁ……」
こんな小さな物に、五千万という大金を賭けるとは世の中には色んな人が居るものだとしげしげと指輪を観察する。
「道順と持ってくる物は、この子が教えてくれるはずです」
男の背後から、助手席に乗っていた女の子が出て来る。
月夜に照らされた少女。ゴシックファッション、燃え尽きた灰を思わせる髪はよく手入れされふんわりとしている。どこか焦点の緩んだ深紅の瞳。何を考えているのか掴みどころの無い不思議な子である。
指輪二つとゴスッ子が一人。
初めてのダンジョンを前に、これほど少ない装備でダンジョンを攻略できるのであろうかと少々訝しむ。
情報の制限により、一般人が知りうるダンジョンに関する情報と言えば、突然現れる事と放置する事によるモンスターの出現。それらの問題を解決すべく設立されたダンジョンフォースという存在。
樹はそんな組織レベルで解決に当たる様な問題を、自分と子ども一人でどうにかなるとは到底思えなかった。
淡く光るゲートの前に立ち、決意を固める。
「それでは、――お気をつけて」
こうして、樹は光の中に足を踏み入れたのであった。