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 残る日数はあと三日と迫る。


 当日はスーパームーンであることが分かった。ダンジョンと月に因果関係があるかどうかは分からないが、偶然にしては出来過ぎている。

 銀慈(ぎんじ)は預言されているダンジョンの出現する正確な位置を、膨大な書籍、そして様々な観点から推測し、都内山間部のダム付近だというところまで、ダンジョンの発生場所を突き止めた。


 不眠不休。一週間調べっぱなしという激務であったが、それでも好きなネトゲは欠かさなかった。

 その背中は、“恒常的(こうじょうてき)な日常”を感じさせた。世界は滅ぶこと無く、平和な日常を送れる。


 (たつき)は、ふとした光景からそう感じ取ったが、予言された“滅亡”という言葉が日常の些細なシーンを感慨深(かんがいぶか)いものにしているとは気がつかなかった。


         ◆


 日も暮れ、街灯が点り始めた頃……りぼん、(てつ)晴士朗(せいしろう)は、手に入れた情報と研究員のデータを持って再びギルドマスティコアヘッドを訪れていた。


 既に連絡を入れていたため、銀慈、樹、あるみ、ローゼは揃っている。地下にしては広いバーを思わせる空間。顔を合わせるのはおおよそ一週間ぶりであった。


 三人はこの数日間、フォース内部で、例の研究員の情報を集めていた。ダンジョンフォース最下位という地位に、立ち入れる場所の制限は大きかったが、雑草魂というべき根性を見せ、なんとか研究員のデータを手に入れることに成功したのであった。


 三人は樹に案内されるままにソファーに座る。

 りぼんは、久々に会う樹に見惚(みと)れる。よく見れば樹の頬や腕、隠れているが所々に傷跡があった。その傷が何であるか、ダンジョンに潜るりぼんはすぐに分かった。


「その傷……」


「あぁ、なんて事ないよ。訓練してて擦り剥いただけだよ」

 樹は苦笑いを浮かべた顔で、頬の擦り傷を触りながら答える。


 この一週間、りぼん達が情報を集めている間に、樹は来る日に向けてダンジョンで訓練していたのであった。

 指導者は勿論、樹の隣で瞑想のごとく目を瞑り、話が始まるのを待つあるみ。


 予言当日、恐らく出はあるが回避される事の無い戦いに向け、戦闘技術の無い樹に、あるみは詰め込み気味ではあるものの、剣術と基礎的な身体強化のエルトル操作を教えた。


 訓練は実戦形式に行われ、モンスターとの戦闘で樹は戦闘技術を磨いた。

 ダンジョンの事となると一層厳しくなるあるみの指導に、樹は精一杯答えた。“死ぬ気で頑張る”という言葉通り実際何度も死にかけたが、基礎的な身体強化だけ覚えただけでも樹の戦闘技術は大きく向上した。


 そんな一週間前とは、少しだけ雰囲気の変わった樹を意識しつつ、りぼんは手に入れたデータを提示した。


 銀慈はテーブルに置かれたメモリをパソコンに差し込み、データを確認する。


「――ほぉ、この男か……」

 モニターに表示された研究員のデータ。


「ロウェル・アンダーソン。アメリカ出身……大層な学歴だな」

 名前も、来歴も恐らくは詐称だろうと推測は出来たが、顔写真を手に入れた功績は大きかった。


「あ! コイツだ! 僕が出会った男」

 顔写真は樹が出会った男と一致した。


 銀慈はパソコンのモニターをしげしげと眺める。


「胡散臭い野郎だ。それにこんな履歴、簡単に足が付く内容だが……上部に関わっている人間が居そうだな」


「――その通りよ。裏で実験の指揮を取っていた上層部の人間が居るらしいの。ただ、それが誰なのか……」


 銀慈の指摘は鋭く、りぼん達が手に入れた情報の大まかな部分は聞かずとも、データから読み取る。


「ふむ、敵は一人じゃないって事が分かった」

 銀慈は腕を組み考える。


「上層部の人間は百人は居るわけじゃないよな?」


「そんなにいる訳ないでしょ! せいぜい四~五十人……じゃないかしら?」


「それでも全員で動くはずはねぇな。多くて十数人。少なくて二人か……」

 ヴァンパイアの異常なまでの力を使って一暴れするつもりなのか、銀慈は拳を作る。


「はぁ? あんた一人で何が出来るのよ」

 ヴァンパイアだという事を知らされていないりぼんは、銀慈の発言を気休め程度に捉えていた。


「と、とにかく、凄いんだよ。なんだっけ、空手、柔道、合気に剣道、居合い、弓道、ライフル射撃、ボクシング、少林寺拳法、ジークントー……それから」

 樹は話を逸らすために、口から出まかせ指折り武術や拳法を喋る。


「絶対無理! 当日だって、ほら。この情報によれば周辺区域を立ち入り禁止にするらしいし」


「あっ! ホントだ……」


 銀慈が、目星を付けたダム周辺はダンジョンフォースにより当日は、立ち入り禁止になっているようであった。

 上層部の人間が関わっている事が大きかった。どれくらいの規模で警備体制が敷かれるか……手元の資料だけでは情報が不足していた。

 だが、それでも銀慈にしてみれば突破は可能であったが、樹やあるみ、りぼんに鉄、晴士朗にとってはその警戒網を突破する事は容易ではない。


「――この、データからだと禁止区域は山間部の入り口から、だとするとダムまで相当の距離があるわよ」


 あるみの言う通り、車を止め徒歩でダムまで向うには距離があり、先を越されてしまう可能性も途中で捕まってしまう可能性もある。


「そう言うと思ったわ。晴士朗!」


「はいはい!」


 りぼんは自身あり気に晴士朗に指示をした。

 ごそごそと荷物を漁る晴士朗の姿に銀慈、樹、あるみは注目する。


「はい! じゃじゃーん!」


 目の前に用意された朱色のツナギ。


「車は、なんとか晴士朗と鉄で二台分持ってくるわ。後はバレ無いように気をつけるか……」


 以外にも、用意周到なりぼんに驚かされる。


「やるじゃねぇか、ここまで出来るとは思っても見なかった。がっはははは」


 用意されたダンジョンフォースの朱色のツナギ。


 あるみは、用意されたツナギを広げる。

 サイズも襟に書かれているランクもバラバラ。本当に急いで手に入れた物のように感じ取れた。


「これ、全部ランクが違うようだけど大丈夫なの? 同じチーム内でランクは統一されてるんじゃなかった?」


 その一言に、りぼんはギクリとするも


「だ、大丈夫よ。通行規制してるのは民間の警備会社だろうし、襟元まで見ないわよ」


「良かったら、私が刺繍(ししゅう)直しとくわ。一日もあればすぐに出来るわよ?」

 ローゼが答える。


「お願い」


 ローザは少し困った表情で、

「じゃあ、D―……ランクはどれ位にすればいいかしら?」


「六よ!」「一……」


 りぼんとあるみはお互いに声を出す。その数は大きくかけ離れていた。


「D-1の方が、何かあった時にはったりが利きそうだけど?」


「はぁ? あんたD-1がどれくらい凄いか分からないから言えるのよ! だいたいねぇ……」


 思わぬ喧嘩が始まった事に、樹、鉄、晴士朗は止めに入る。


「――じゃあ間を取って、D-3にしとくわ」


「と、とりあえずローゼさんそれでお願いします!」


 それでも、自分よりランクが上だということが気に入らないりぼんであったが、鉄と晴士朗になだめられ渋々受け入れた。


 作戦の流れは、スーパームーンが一番近づくとされる午前三時までに現地に向かい、先にダンジョンを攻略するか、研究者から王冠を奪う事。

 相手側の準備は万端だろう。用意出来る物は用意してあるはず。


 そして、逆に相手の作戦のどれか一つでも無くしてしまえば相手の作戦は失敗する。


 銀慈は抽象的(ちゅうしょうてき)に二極化した考えを巡らせる。追う者と追われる者、挑む者と挑まれる者……そして、その中でも一番気に入ったのは


「“邪魔する者”と“邪魔される者”ってとこだな……」


 悪役のような考え方だったが、銀慈の底意地の悪さが全面的に出た考えであった。


「よぅし、こうなりゃ徹底的に、相手の邪魔をしてやろうじゃねぇか」


 正統派として行きたいあるみは少々乗り気ではなかったが、りぼんを筆頭に鉄、晴士朗はノリノリで拳を上げる。


「おい、前らも気合い入れろよ」


 樹は銀慈に背中を叩かれる。


「お、おぉ~」


 あるみは肩をすくますも、作戦には賛同したようであった。

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