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共闘の意思を確認したところで、時間は既に午後十一時を越えていた。
樹はりぼん達を最寄駅まで送る。
道中、監視されていた事を怒るりぼんと、それについて反論する鉄と晴士朗の板挟みになり樹の仕事は後を絶たない状態であった。
そんな怒涛の一日を過ごした樹は、ようやくひと段落し、大きくため息をつきソファーにもたれかかる。
「あら、お疲れね」
ローゼは労いの言葉をかけながら、淹れたてのコーヒーを出す。
「ホントですよ、それもこれも――」
樹は銀慈に目線を向ける。
「どうだ、楽しかっただろ? どうだった“初デート”は?」
わざわざ強調して“初”なんて付けなくても、と思いながらも、
「は、初めてじゃないですし! 別に何も無かったですよ!!」
強がって隠すが、この場合初めてと言った方が良かったのか? と、あるみを意識しながら自分の答えた内容を再考する。
普段ならすぐに自室に帰るあるみであったが、今日に限って珍しく用件が終わった後も座っていた。関係の無い様子で、残ったお茶を飲んでいるが、鋭い銀慈には聞き耳を立てている事が直に分かる。
「なんだ、本当に何もなかったのか? おっかしいな」
「いや、おっかしいな。じゃないでしょ!」
スマホに残したメモの事を、樹は抗議した。
いたずら心では済まされない。多からず……銀慈の性格の悪さは間違いの無いものであったが、万が一にも起こりえたかも知れない情事まで監視させ、さらには、その目付役が少なからず好意を抱いている弐城あるみである事に、樹は憤りを感じせざるを得なかった。
「情けないヤツだな。あんな可愛い子とデートする機会、もう二度と無いかもしれないんだぜ? ぁあ~勿体ねぇなぁ」
「可愛くても! 僕はそんなことしませんよ」
可愛いという単語にあるみはピクリと反応する。
銀慈はその一瞬を見逃さない。
「そうだよなぁ、それはそうと……りぼんちゃんの、どこが可愛いと思う?」
ド直球な質問に、樹は思わずドキリとする。
「えっ……そんな突然言われても」
樹は目線をあるみに向けた。聞いていないようだが、そばに居られると非常に気まずい。
「可愛いと思ったんだろ? 答えは出てるじゃねぇか。答えろよ」
半ば強引に、脅しにも近い言葉遣いに樹は焦る。
少しの沈黙。
ローゼが洗う食器の音が聞こえる。
「――……小さいところ?」
「他は?」
「小顔なとこ……」
「他は?」
「ツインテール?」
「他は?」
「ツンデれそうなとこ」
「他は?」
「え、笑顔?」
「他は?」
「もういいでしょ!」
銀慈はニヤニヤと頷く。
「がっはは。悪い悪いついつい」
一人笑う銀慈。
一部始終聞き終わったあるみは、お茶を一気に飲み干し立ちあがる。
「私、部屋に戻るわ。桃寺くん、また明日ね」
「う、うん。また明日……」
あるみは床を鳴らし、上って行った。
樹は、今日のデートは自分の意志では無く銀慈に仕組まれた、やむを得ない作戦だったとあるみに伝わればそれだけでよかった。しかし、どこから尾行されていたのか。それはそれで気になりながらも……樹はあるみの後姿を見送った。
◆
ビルの三階、オフィスを仕切りで半分に区切った場所があるみの部屋である。
病院の入院部屋を思わせる殺風景な部屋。ベッド、姿かがみ、二つほど並んだクローゼット。生活に必要最低限な物しか置かれていない。
半分には区切られていても、オフィス一室が部屋であることに違いは無く、広い部屋は“しん”として寒い。
今日一日、監視という役目を全うしたあるみ。
ローゼに言われた、桃寺樹から学べること……。
シャワーを浴びたあるみは間接照明と、ファンヒーターのスイッチを入れ、濡れた髪を乾かしながら、姿かがみに映った自分を眺める。
ふと、樹と銀慈の会話が思い出された。樹の上げたりぼんの可愛いと思う所。
りぼんと比較するなんて事自体間違っているとは分かっていたが、映った自分とりぼんを比べてしまう。
小柄……でもない。顔も……小さい訳ではない。ツインテール……。
おもむろに髪の両サイドを手で括り、ツインテールを作ってみるも、恐ろしく似合っていないと感じる。
どうも女の子らしさを感じない。
そして決定的に何かが足りていない。自分でも分かる。
ダンジョンで力尽きないように、日ごろから鍛えている締まった体を触る。腕、お腹、胸、女性にしては少々筋肉質な身体つき。仕方のない事であった。むしろあるみはそんな事は気にしてはいない。
自然と伸びた手は、顔へと移る。両頬に手を当て、他の人の顔を思い出す。
りぼんの屈託のない笑顔、銀慈のニヤリとした笑い、ローザの頬笑み、樹の……。
誰を思い出しても、笑っている顔が思い出される。あるみも鏡の前で笑顔を作ってみるも、
「…………」
冷笑。口角は上がっているが目が笑っていなかった。愛想笑いにもなっていない。鏡の中の自分にあざけ笑われているような不快な気持になる。
心から笑ったのはいつだっただろう……。
我に返ったあるみは両手を放し、姿かがみから離れた。
小さくため息をつき、思い出したように寝衣を着る。
桃寺樹から何が学べるというのか……。不貞腐れるようにベッドに横になり、今日一日の事を思い返しながらあるみは眠りの淵に落ちていった。




