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6

 共闘の意思を確認したところで、時間は既に午後十一時を越えていた。


 (たつき)はりぼん達を最寄駅まで送る。

 道中、監視されていた事を怒るりぼんと、それについて反論する(てつ)晴士朗(せいしろう)の板挟みになり樹の仕事は後を絶たない状態であった。


 そんな怒涛の一日を過ごした樹は、ようやくひと段落し、大きくため息をつきソファーにもたれかかる。


「あら、お疲れね」

 ローゼは労いの言葉をかけながら、淹れたてのコーヒーを出す。


「ホントですよ、それもこれも――」

 樹は銀慈(ぎんじ)に目線を向ける。


「どうだ、楽しかっただろ? どうだった“初デート”は?」


 わざわざ強調して“初”なんて付けなくても、と思いながらも、

「は、初めてじゃないですし! 別に何も無かったですよ!!」


 強がって隠すが、この場合初めてと言った方が良かったのか? と、あるみを意識しながら自分の答えた内容を再考する。


 普段ならすぐに自室に帰るあるみであったが、今日に限って珍しく用件が終わった後も座っていた。関係の無い様子で、残ったお茶を飲んでいるが、鋭い銀慈には聞き耳を立てている事が直に分かる。


「なんだ、本当に何もなかったのか? おっかしいな」


「いや、おっかしいな。じゃないでしょ!」


 スマホに残したメモの事を、樹は抗議した。


 いたずら心では済まされない。多からず……銀慈の性格の悪さは間違いの無いものであったが、万が一にも起こりえたかも知れない情事まで監視させ、さらには、その目付役が少なからず好意を抱いている弐城(にじょう)あるみである事に、樹は(いきどお)りを感じせざるを得なかった。


「情けないヤツだな。あんな可愛い子とデートする機会、もう二度と無いかもしれないんだぜ? ぁあ~勿体ねぇなぁ」


「可愛くても! 僕はそんなことしませんよ」


 可愛いという単語にあるみはピクリと反応する。

 銀慈はその一瞬を見逃さない。


「そうだよなぁ、それはそうと……りぼんちゃんの、どこが可愛いと思う?」


 ド直球な質問に、樹は思わずドキリとする。

「えっ……そんな突然言われても」


 樹は目線をあるみに向けた。聞いていないようだが、そばに居られると非常に気まずい。


「可愛いと思ったんだろ? 答えは出てるじゃねぇか。答えろよ」

 半ば強引に、脅しにも近い言葉遣いに樹は焦る。


 少しの沈黙。



 ローゼが洗う食器の音が聞こえる。



「――……小さいところ?」


「他は?」


「小顔なとこ……」


「他は?」


「ツインテール?」


「他は?」


「ツンデれそうなとこ」


「他は?」


「え、笑顔?」


「他は?」


「もういいでしょ!」

 銀慈はニヤニヤと(うなづ)く。


「がっはは。悪い悪いついつい」


 一人笑う銀慈。



 一部始終聞き終わったあるみは、お茶を一気に飲み干し立ちあがる。


「私、部屋に戻るわ。桃寺くん、また明日ね」


「う、うん。また明日……」


 あるみは床を鳴らし、上って行った。


 樹は、今日のデートは自分の意志では無く銀慈に仕組まれた、やむを得ない作戦だったとあるみに伝わればそれだけでよかった。しかし、どこから尾行されていたのか。それはそれで気になりながらも……樹はあるみの後姿を見送った。


         ◆


 ビルの三階、オフィスを仕切りで半分に区切った場所があるみの部屋である。

 病院の入院部屋を思わせる殺風景な部屋。ベッド、姿かがみ、二つほど並んだクローゼット。生活に必要最低限な物しか置かれていない。

 半分には区切られていても、オフィス一室が部屋であることに違いは無く、広い部屋は“しん”として寒い。


 今日一日、監視という役目を全うしたあるみ。


 ローゼに言われた、桃寺(ももでら)樹から学べること……。


 シャワーを浴びたあるみは間接照明と、ファンヒーターのスイッチを入れ、濡れた髪を乾かしながら、姿かがみに映った自分を眺める。


 ふと、樹と銀慈の会話が思い出された。樹の上げたりぼんの可愛いと思う所。

 りぼんと比較するなんて事自体間違っているとは分かっていたが、映った自分とりぼんを比べてしまう。


 小柄……でもない。顔も……小さい訳ではない。ツインテール……。


 おもむろに髪の両サイドを手で(くく)り、ツインテールを作ってみるも、恐ろしく似合っていないと感じる。


 どうも女の子らしさを感じない。

 そして決定的に何かが足りていない。自分でも分かる。


 ダンジョンで力尽きないように、日ごろから鍛えている締まった体を触る。腕、お腹、胸、女性にしては少々筋肉質な身体つき。仕方のない事であった。むしろあるみはそんな事は気にしてはいない。


 自然と伸びた手は、顔へと移る。両頬に手を当て、他の人の顔を思い出す。

 りぼんの屈託のない笑顔、銀慈のニヤリとした笑い、ローザの頬笑み、樹の……。


 誰を思い出しても、笑っている顔が思い出される。あるみも鏡の前で笑顔を作ってみるも、


「…………」


 冷笑。口角は上がっているが目が笑っていなかった。愛想笑いにもなっていない。鏡の中の自分にあざけ笑われているような不快な気持になる。


 心から笑ったのはいつだっただろう……。


 我に返ったあるみは両手を放し、姿かがみから離れた。

 小さくため息をつき、思い出したように寝衣を着る。


 桃寺樹から何が学べるというのか……。不貞腐れるようにベッドに横になり、今日一日の事を思い返しながらあるみは眠りの淵に落ちていった。

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