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午前九時、あるみはシャワーを浴びて髪を乾かし地下のバーに向かう。
予定の無い、言わば“休日”。ラフなスタイルで本日はメガネを掛けている。
「あら……? 桃寺くんは?」
ここ数日、泊まりの樹が居ない事を不思議に思う。
休日ということもあり、久々に帰っているのであろうか? あるみはそんな憶測をする。
「あぁ? 情報収集に向かった」
「情報収集?」
あるみは眉をひそめ、ネトゲをする銀慈の後姿をながめる。
「先日手に入れた情報に、フォース内部で何か事件があったって話があっただろ? 俺達だと顔が割れてるからな」
フォースで起こった事件を知るため、ギルドとは関係ない樹を使いフォースの人間に接触し情報を聞きだすという作戦を背面越しに聞く。ゲームに集中した銀慈のおざなりな説明を不快に思いつつも、
「どこにそんなコネが?」
「――あぁ、りぼんちゃんのチームにな」
「なっ!」
あるみの、りぼんに対する反りの合わなさを銀慈は知っている。
「よりにもよって……どうして?」
「どうしてって、そりゃぁ、まぁ、手ごろなところ? だったからだ。どうした?何か心配な事でもあるのか?」
あるみは、ぎこちない銀慈に違和感を覚えつつも、
「いえ、そういう訳じゃないけど……」
あるみには背面越しで分からなかったが、銀慈の口元はニヤリと釣り上る。
「そうだなぁ。丁度、あいつが掃除してる時に出て来た“カツラ”と“サングラス”がカウンターある……」
あるみは、カウンターに目を向ける。照明にきらめくブロンドのウィッグと女性用のサングラスがそっと置かれてあった。
「――だから何?」
「なんでもねぇよ。でも、俺はアイツを完全に信用した訳じゃねぇ……まぁなんだ、お前が嫌じゃなけりゃあ、尾行をお願い出来ねぇかなと思っただけよ……」
「尾行……? 私が?」
あるみの脳裏にローゼの言葉が過る。桃寺樹から学べる事……。しかし、それ以上に、ただでさえ疲労の溜まっている樹だけが情報収集に向かい、自分は何もすることが出来ない状態に釈然としない。
無言でカウンターまで向かいブロンドのウィッグをそっと掴み取る。酷く安もののブロンドのウィッグと時代錯誤なサングラス。
不快な表情を示しながらも、
「……分かったわ。場所と時間を教えて」
銀慈は配役がそろった喜びにほくそ笑んだ。
◆
午前十時時にもなると、どこの店も大体は開いていた。
樹は、手ごろな店を見つけると転がるように入りマネキンに着せられている無難な冬服のコーデを指差し購入した。服装の準備は万端。一度家に帰りシャワーを浴びていたので、公衆トイレで着替え、着替えは最寄駅のロッカーに押し込んだ。
そうこうしている間に時間は過ぎた。二時間前。上野に向かう。
空気は乾燥していたが、日差しは温かく公園のベンチに腰掛けて、銀慈のメモを見て時間を潰す。
「うわっ、ここでもネカマかよ……」
うんざりした表情で、可愛らしい口調で書かれたメモを眺める。
……服装を褒める事。歩行速度を合せる事。車道側を歩く事。トイレには気を使ってあげる事。笑顔で接する事。楽しい会話を心がける事。以下、デートで気をつける際の事項が延々と書き綴られていた。
「……情報収集と関係無いじゃん」
デートプランと書かれた項目には、上野から始まるデートコースが何通りかのチャートとなって紹介され、アクセスのURLも貼られてあった。
「デートって言っちゃってるし……なんだよコレ」
ため息交じりに、いろいろと眺める。
しかし、そんな事言いながらもメモをどんどんとスライドさせる。記事のまとめ方は上手く、可愛いキャラクターに紹介される気分にさせてくれる文章は読んでいて飽きない。
「無駄な才能だなぁ……」
そう思った瞬間、スマホの振動と共に画面は着信に切り替わる。
「は、はい! もしもし!」
久々に聞くりぼんの声。背後からは雑踏と信号の切り替わった音が聞こえる。
あと二十分もしないうちに到着するらしい。
「わ、わかりました! はい、はい。で、ではまたー。はい。はーい……」
りぼんの声を聞いた途端、現実味が増し、緊張し胸が高鳴る。
時間に余裕はあったが急ぎ足で指定された公園改札付近に移動。りぼんの到着を待つ。
刻一刻と過ぎる時間。改札を抜ける人々を眺めながら手に汗握る。
平日それほど多くない人々の中に、金髪のツインテールの先がチラリと見える。
背丈が低いりぼんは中年サラリーマンの後に位置し、改札の順番を待つ。
「……っ」
サラリーマンの背後から、舞台幕が左右に開くように角畑りぼんが姿を現した。
落着いた配色の赤いカーディガンにシャツワンピース。足はチェックタイツにショートブーツ。少し寒そうだと思える格好であったが、りぼんの雰囲気からにじみ出る熱気から大丈夫そうだと思えた。
やはり、どこか幼さを感じるが、既に年上ということを知っている樹は敬語で話す。
「お、、お久しぶりです」
「おまたせ! へぇーそういう感じなんだ」
りぼんは、樹の全体像をマジマジと眺める。
マネキンのコーデをそのまま着た樹は、服装選びに失敗したかと不安になる。
「へ、変です?」
「ううん、すごく似合ってるよ」
今年のトレンドを抑えた無難な服装。樹の垢ぬけない部分はあったが、それでも外した訳ではなさそうであった。
「……は、はは、ありがとうございます。角畑さんも、その、似合ってますね」
銀慈の言われたメモが頭に過る。
「えっ! あ、ありがと」
りぼんは照れた様子で視線を外す。
「そのー出来れば、下の名前で呼んでほしいなぁ」
「な、名前ですか?」
急な要望に樹は驚く。
「うん。“角畑”ってなんか可愛くないし」
そんなりぼんの要望に、樹は抵抗を感じながらも、
「分かりました。りぼんさん」
「“さん”ねぇ~、まいいか。へへ、じゃあどこ行くか決めよっか!」
事前に銀慈のメモを読んでおいて良かったと樹は思った。
りぼんの要望に合せ、数あるチャートの中から今日一日の行動をスムーズに決める事が出来た。
午後の温かい日差しの中、二人は目的地まで歩き始める。背後に光るサングラスの影には気が付きもせずに……。




