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多摩川ダンジョンを攻略してから約一週間が経過した。
予言に記されている巨大ダンジョンの出現まで十日と迫る。その日は樹が王冠を手にした日と同じく満月の夜であった。
一週間で樹達はダンジョンを二つ攻略するも、男の姿もゴシックファッションの少女の姿も見かけることは無かった。さらには他のギルドからの情報も得られず、結果としてダンジョン周辺での聞き込みは成果を出さなかった。
銀慈は裏ルートから情報収集し、ローゼは影となって夜の街をパトロールした。
広範囲に及ぶ捜索と情報から事件性のある話はいくつか入手したが、それらはダンジョンとは関係の無い、裏社会特有の欲と金の絡んだ無慈悲な事件ばかりであった。
その中で銀慈は、アーティファクトのバイヤーから“ダンジョンフォース内で事件”があったという情報を手に入れたが、詳しい事情得ることは出来なかった。
バイヤーも“内部での揉め事”という事だけで、噂程度にしか話を聞いておらず、今回の件に関係のある情報なのかそれともまったく関係の無い、大きな組織であるような事件……巨大組織の腐敗した一部分が露呈しただけの単なる隠ぺい漏れなのか、依然として男の情報は掴めぬまま、時間だけが刻一刻と迫る。
樹はバーで過ごすことが当たり前となっていた。
もともとブラック企業に勤めていた樹は、残業や泊まり込みには慣れていた。
昼間はあるみのトレーニングに参加し、夜はダンジョンに関する資料や、アーティファクトのカタログを読み漁る。
埃っぽいバー内も、樹自ら掃除をし“人”が過ごしやすい環境に変わっていった。
特に誰かがそう命じたわけでは無かったが、己の生死にかかわるダンジョンの知識を得るための行動なのか、自発的な樹を、銀慈は特に何も言う事無く好きにさせた。
時折、ネトゲの邪魔になる発言や質問を疎ましく思いながらも……。
そんな樹はソファーで爆睡をしていた。
あるみのハードなトレーニングをこなした後で、身体的疲れと活字の魔力により眠りへと誘われる。
やれやれと、銀慈は柄にもなくシーツを雑にかぶせる。冷凍している血液パックを取りに行こうとした瞬間であった。
テーブルに置いた、樹のスマホが振動する。
銀慈はおもむろに樹のスマホを掴み取り、画面を覗いた。
――角畑りぼんさんからメッセージが一件――
銀慈の口元がにやりと釣り上り、ソファーに腰掛けスマホを操作する。
この数日で樹の手の動きから暗証番号は割れていた。
「……え~誕生日っと、よッ。え~どれどれ……」
樹は暗証番号は誕生日を設定していた。銀慈の素早い手つきに簡単にメニュー画面が開かれる。
銀慈は、一週間前に多摩川ダンジョンで見た光景を思い出す。
案外、モテ体質なのか……と、銀慈は樹に目を向けるが、間抜けに口を大きくあけ寝息を立てる樹は、お世辞にもカッコイイとは思えない。
まぁどうでもいいと、りぼんとのメッセージのやり取りを一覧する。
初めて返事を返した日は、ダンジョンをクリアした次の日。簡単な挨拶程度で、お互い数回のやり取りで就寝している。次の日は、りぼんからメッセージがあり、返答する形。
次の日も、次の日も、次の日も。
会話内容は、りぼんが何かにつけては少しづつ樹のプライベートを聞き、樹はそれに無難な回答を繰り返す。その、煮え切らないやり取りに、銀慈は思わず鼻で笑う。
あんな可愛らしい子なら速攻なんだがなぁと、先程とどいたばかりのメッセージを読む。
『こんばんは~ 今、何してるの?』
少し考える。ネトゲで培った偽装スキルを発揮し樹に成り切る。
『すみません。お風呂に入ってました』
数秒後。
『あ! そうなんだ~、あたしも入らなきゃ』
ライブ感。口角が上がって仕方がない。
『その、前言ってたお礼がしたいなって件なんだけど』
もじもじしたスタンプが直後に張られる。
「……お礼?」
銀慈はメッセージをさかのぼって内容を確認する。初日のメッセージに、『今日は、ありがとう。お礼必ずするね』と書かれていた。その時の返信と同じく、
『そんな、お礼なんて大丈夫ですよ!』
と答えた。
『だめ! ちゃんとお礼したいの』
予想通りの返答が返ってきたところで、銀慈は思いついた作戦を実行する。
『……じゃあ、明日はどうでしょう? もし休みだったらですけど……』
『いいよ! 明日は休みだし。えっと、どこがいいかな』
『どこか行きたいところはある?』
『ん~特に無いけど、お互い近いし上野公園で待ち合わせて決めよ』
『わかりました。お昼一時で良いですか?』
『いいよ! 楽しみ!』
『わかりました。じゃあ、また明日。おやすみなさい』
『じゃあまた、おやすみ~』
奇妙なキャラクターが寝ているスタンプが張られる。
銀慈は立ちあがり、冷蔵庫から血液パックを取りだし一気に飲み干す。
「――っぷハァ……こりゃ楽しみになって来たぜ」
◆
――朝六時。
「おらぁ! 起きろ! 仕事だ」
銀慈の一喝。ソファーを蹴られ、樹の体は地面に叩きつけられる。
「なっ! 何事!」
完全に寝ぼけて、気が動転している。
「たっぷり寝ただろ? 仕事だ」
ダンジョンに行く話は聞いてない。それにダンジョンに行くとすれば、夕方、日が落ちてからのはず……。
「し、仕事ってなんですか?」
「情報収集だ。本日一三時、上野にて集合。場所は上野公園。聞きだす相手はダンジョンフォースの角畑りぼん、聞きだす内容は最近フォースで起こった事件についてだ」
ニヤリと笑い、樹のスマホを投げ渡す。
「は、はぁ?」
樹は頭が回らず、メッセージの履歴を確認する。
「なっ! なにやってんですか!」
シラを切った表情をする銀慈。
「ほら、調査費だ」
十万を生で手渡され、
「聞きだすためなら全部使っても良い。どう使うも、聞きだす手段もお前さんに任せる」
銀慈は顔をグッと近づけ
「大丈夫だ。うまくやれるさ、何事も経験だ」
そう言うと、樹の肩を強めにぽんぽんと叩いた。
完全に死んだ表情で、銀慈の張り手にソファーに倒れ込む。
「とりあえず、お前さんのスマホにやるべき事と、困った時の手段をメモ帳に残したから、何かあったらそれを読め。あと、そのだせぇジャージを何とかしろ。シャワーも浴びて歯も磨け、さぁ行った行った!」
半ば追い出される形で、銀慈の“デート作戦”は開始された。