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Dungeon Walker【ダンジョンウォーカー】  作者: 荷獣肋
第三章【多摩川ダンジョン】
20/48

6

 (たつき)は、男の元にゆっくりと近づく。

 あまりにも、堂々と近づいて来るため、男は一瞬あっけにとられてしまった。


「……ッお、おい! それ以上近づくんじゃねぇ!」


 思い出したように、威嚇し、りぼんにサバイバルナイフを突き付ける。


「あなたの目的は何なんですか?」


 樹は男に問う。


 ジリっとした緊張の中、滝の音が時間の流れを伝える。

 男はゴクリと生唾を飲み込む。自分の目の前の青年。ろくに死線も潜り抜けてないであろう、平々凡々(へいへいぼんぼん)とした、ダンジョンで見るにはどこか垢抜(あかぬけ)けない青年。装備こそはしているものの、ダンジョンという空間では異質な存在であった。


 だが、異質な空間、緊迫した事態に反するような、この平凡で何の取り柄も無さそうな青年こそ、自分の思いの内を聞いてくれるのではないかと、安堵(あんど)めいた、一筋の光明に思えた。


「……はぁ……はぁ、……そ、外に出てぇ」


 男は、樹と睨みあったままそう答えた。


「外に?」


「……仲間も全員死んだ。もう、何日ここに居るか分からねぇ……微かな明りだけを頼りに、暗い洞窟の中をさ迷う生活はもう嫌だ」


 男は目を()いて話す。


「お、お前らの中に、『ゲートメイカー』か『エスケープアーティファクト』を持ってるやつは居るか?」


 男の目的は、ダンジョンの脱出であった。


 『ゲートメーカー』とは“脱出(エスケープ)”の魔法を覚えた人物で、『エスケープアーティファクト』とはダンジョンを強制的に脱出することの出来るアーティファクトである。


 “脱出(エスケープ)”の魔法は、訓練された魔術タイプのウォーカーなら難しくもない魔法であったが、並みのウォーカーは習得することも難しい。その代り、エスケープアーティファクトというアイテムが存在するが、小さなギルドが持つには高価すぎるアーティファクトであった。


 仲間が死に、ダンジョン攻略以外の脱出方法を無くしたこの男は、他のウォーカーを待ち伏せし、脱出の機会をうかがっていたのであった。


 (てつ)がオドオドと、手を上げる。


「ゲ、ゲ、ゲートなら、わたっ、私が……」


 男の顔は歓喜の表情に変わる。


「ほっ、本当か!」


 緊張した空気が微かに緩む。

 ……だが、六人のやりとりを、今まで水中で見守っていた洞窟の住人は、この緩んだ空気を決して見逃さなかった。


 水中から水面めがけて一気に浮上する。



「そうなりゃ話は早い! 早くゲートをっ……」


 滝壺が盛り上がり、勢いよくそれ(・・)は現れた。

 大きな蛇を思わせる風貌に、筋骨隆々な両腕。


 樹は咄嗟に、手を伸ばしりぼんの手を引く。


「きゃっ! なっ! 何するのよっ!」


 背面の出来ごとに、事態を飲み込めてないりぼんは、樹の咄嗟の行動に軽い怒りを見せる。

 しかし、鉄、晴士朗の表情を。抱きかかえられた樹の横顔を見て、りぼんは事態を把握した。



 先ほどまで自分を拘束していた男の上半身が無い。

 ぐらりと倒れた下半身と、ボトリと落とされた両腕。


 その背後には、ナーガを思わせるモンスターが血に濡れた鱗を光らせていた。

 ナーガは舌を鳴らしながら、五人を威嚇する。


「!!」


 コブラのように広げた後背筋の内側には、恐ろしい模様が浮かび上がる。


 目の前に転がる男の半身。両腕と下半身のみを残し、残りはモンスターの胃袋に納められた。

 鉄、晴士朗(せいしろう)は、目の前の光景に、それに加え、ナーガの威嚇も相まって全身が竦む。


 ナーガは蛇の下半身を素早く蛇行(だこう)させ、鉄と晴士朗めがけて一直線に襲いかかる。


「は、早く! アーティファクトを!」


 咄嗟に叫んだ樹の叫びに、二人は怯んだ感覚を取り戻す。

 しかし、モンスターの動きは早く、装備は確実に間に合わない。


 横嬲(よこなぶ)りに放たれた凶悪な切り裂きが二人を襲う。

「「――ひっ……!」」


 思わず目を瞑る二人。


 二人を襲ったのは、ビチャビチャっとした顔にかかる液体であった。


 あるみの俊足。

 エルトルを肉体強化に使用し、離れた場所から瞬時に移動する。


 そのスピードはモンスターの動きよりも早く、振り下ろされた切り裂きよりも早く、腕を切断したのであった。


 二の腕は(くう)()き、切断された腕は空中を回転する。


 血の滴の隙間から、あるみの鋭い双眸(そうぼう)が、悶絶するモンスターを捉える。


 実体化した剣で胴を両断。

 更に駄目押(ダメお)しに、腕を、首を、胴体を細切れに切断した。


 あるみは、(わず)かに浴びた返り血を拭き剣を手放す。


 実を失った剣は静かに消え去た。


 腰が抜けて立てぬ二人を軽く見降ろし、何も言わずに優雅に立ち去る。


 一瞬の閃耀(せんよう)に樹は言葉が出なかった。

 圧倒的な強さで、目の前のモンスターを瞬時に(ほふ)る。

 残心(ざんしん)にも似た(たたず)まいからは、気迫と同等の美も感じ取れる。


「……ぇ。ねぇってば。ねぇ!」


 数秒であったが、周囲の音も聞こえなくなるほど見惚れてしまっていた。


「そ……そろそろ、はなして欲しいんだけど」


 腕の中には、頬を染め、目を逸らしながらもどこか強気なりぼんが居た。


「うあっ! ご、ごめんなさい!」


 樹はりぼんを降ろし咄嗟に後ずさりしてしまう。


「べ、別にいいけど……。……その、……ありがと」


「えっ。あ、あぁ。どういたしまして」


 少し、気まずい空気。


 そんな空気を割るように、あるみが近づく。

 滝壺で、頬に付いた血を洗い流し、男の死体からりぼんのアーティファクトを持ってきたのであった。


 無言で、りぼんにアーティファクトを渡す。


「…………ふ、ふん」


 どこか不服そうなりぼんであったが、自分の軽はずみな行動が招いた結果だということを承知してか素直に受け取る。


         ◆


 三人は、再コンバート。装備とコンディションを見直し、更に洞窟の奥を目指した。


 同業者の襲撃、モンスターの強襲、あるみの過去とダンジョンに懸ける思い。一連の出来事が、それぞれの胸中(きょうちゅう)に渦巻き、重たいムードを作り出す。


 ふと樹は先陣を切るあるみの姿を眺めた。

 あの高校生らしからぬ気迫と態度は、ダンジョンで培ったものだったのかと、悲しくも哀れみに似た気持ちがこみ上げる。


 “人の醜い本性が剥き出しになるダンジョンを消し去りたい”

 罪を憎んで人憎まず……そんな言葉を思い出させる。


 そんな大層な夢を、不器用に、そして、今の今までぶれる事無く折れる事無く、ただ真っすぐに遂行して来たのであろうと、あるみの背中が語る。


 薄暗い洞窟を照らす光のように、白い鎧を纏ったあるみは足を進めてゆく。

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