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鉄、晴士朗、次いで樹にあるみは滝壺に駆けつける。
距離にしてそれほど離れていなかったが、岩陰から争う物音が聞こえてくる。
「なによ! 放しなさいよ!」
「――あ、暴れるんじゃねぇ!」
全身ズタボロで無精ひげを生やした男は、りぼんは両腕を背後に回し、首元にサバイバルナイフを突きつけていた。ナイフは、アーティファクトでは無い、市販されている物であった。
「り、り、りぼんさん!?」「りぼん!」
「くッ……、お前らも動くんじゃねぇ!! 変な動きをすれば、ガキの命は無いと無ぇぞ!!」
突如現れた、全身ズタボロの無精ひげを生やした男は、りぼんを人質に取った。
りぼんはガキと呼ばれた事に怒りを感じているが、深刻な状況に我慢している。
「おい、ガキ! コンバート解除しろ!」
突きつけられたナイフを、そして男を睨みながら、りぼんは渋々コンバート解除する。
深紅の鎧と黄金の剣は消え去る。燃えるような瞳も青く冷めたものに変わり、インナー姿だけとなった。
「……渡せ」
りぼんは渋々男にアーティファクトを渡す。
「お前らも、早く解除しろっ!」
男は強気に指図する。
何か策は無いものかと鉄は思案するが、男の眼は血走り、異様な興奮状態にあった。下手な行動を起こせば、りぼんに危害が加わる。
二人は目を合せ、お互い頷くと大人しくコンバート解除した。
この男の目的は何なんだ……? 樹はダンジョンにおける“闇”を知らなかった。
ダンジョンに潜入するにあたって、気をつけねばならない事がいくつかある。
モンスター、トラップ、それに加え土地の状況や気候、食料の確保などダンジョンにおける注意はダンジョンウォーカーなら誰もが心得ているが、その中に“同業者による襲撃”がある。
ダンジョンという治外法権。ダンジョン内で特に気をつけねばならないのが、金銭に目が眩んだ仲間による裏切りやギルド襲撃専門のギルドなど、人の“欲望”が作り出した脅威である。
“ダンジョンの真の闇”とは人の心に住まう“エゴ”の姿であった。そして、そうなってしまった場合の生存率はモンスターやトラップよりも低い。
国にも取り締まる権利は無く“己の命は己で守る”こんな簡単な信条の元、ダンジョンウォーカーは日々ダンジョンに向かう。
そんな男の姿に、あるみは冷ややかな視線を送る。
「――桃寺くん、行きましょう」
「えっ……」
全員が目を見開いて、あるみを見る。
「おい! お前! このガキがどうなってもいいのか!」
「ガキじゃないわよ! ちょっと! あんた! あたしを見殺しにするっていうの!」
りぼんはあるみに食ってかかる。
鉄と晴士朗は何も言えずに呆然としている。
「私達と、その三人は関係ないわ。何が目的か知らないけど、金銭が目的なら、似た者同士仲よく解決することね。さ、先を急ぎましょう」
冷たく言い放つとあるみは歩き始める。
「適当言ってんじゃねぞ! 本当に殺すからな!」
唾を散らしながら、男は吠える。
「……やれば?」
ゾッとするような冷たい言葉。
「もちろん、その後あなたがどうなるか分かっているのなら、これ以上私達を止めない事ね」
冗談では無く、本気でそう言ってる。この場にいる全員が感じる悪寒。
あるみの後姿だったが、確実に向けられた殺気に男はたじろぐ。
「ちょっと、弐城さん! そんな言い方……」
「私は、ダンジョンを金稼ぎの場としてしか考えていな人間は大っ嫌いなの。あくまで希少金属やアーティファクトはギルドの運営資金、戦力を上げるための物。目的はダンジョンの攻略よ。それ以上でもそれ以下でも無いわ」
「どうして、そこまで……」
あるみは少しため息をつき、
「――私の両親はダンジョンフォースのメンバーだった」
射る様な視線を樹に向けた。
「当時、親の仕事内容は詳しくは知らなかったけど、ごく普通の家庭だったわ。……両親が死ぬまでは」
樹の通う高校に来る前の話し。“両親の死”。噂で聞いただけであったが、本人の口から語られる言葉は、滝壺に打ちつけられる水の音より重く感じた。
「――ダンジョン内部で死亡した報告を受けて、私はダンジョンフォースの基地まで足を運んだわ。でも、書類と事務的な話で両親の詳しい話しは聞かされなかった……途方に暮れ帰ろうとした時、不意にある会話が耳に入ってきた。――それは、両親とは同僚、仲間であったはずの男が、母のアーティファクトをどう売りさばくか、という話だった……」
あるみは、男を睨みつける。
「私は我が耳を疑った! 結局は金の為、両親の死なんて誰も気にしちゃいない……その後は自分でも覚えて無いけど、気が付いた時には、両親の形見を奪い基地を逃げ出したわ。――……それからもよ、私もウォーカーとしての適性があると分かってダンジョンに入ったはいいものの、ダンジョンの中は金に群がる亡者ばかり。……まともにダンジョンを攻略しようって人間は居なかった……人の欲望と裏切りばかりの世界。こんな物……ダンジョンなんて、一刻も早く世界から無くしてしまいたい……」
怒りと悲しみの入り混じった表情、今まであるみが何を感じ、何を思い生きていたのか、樹は推測しかできなかったが、それは相当辛い人生だったであろう。普段冷静な……といっても、それほど長い間一緒にいるわけでは無い樹も、これほどまでに力の入ったあるみの姿に驚きを隠しえない。
だが、
「……でも、だからって見捨てていい話じゃないよ」
樹の口からそんな言葉が飛び出す。
本人も、どうしてそんな言葉が出たのかうまく説明が出来なかった。ただ、あるみの見解は“何所かズレがある”と感じた。
あるみは眉間にしわよ寄せる。
「――弐城さんの言ってる事は、正しい。正しいと思う! でも、ダンジョン攻略に目がくらんで周りが見えなくなってるように僕は感じる」
咄嗟に出た言葉に拙い説明。もともと口下手な樹がこんな緊急事態で口を挿むべきではなかったのかもしれない。だが、そんな拙い説明に乗った“樹の思い”をあるみは読み取る。
財宝に目が暗んだ人間も、攻略に目が暗んだ自身も、“ダンジョンによって惑わされた”言わば同種ではないのか? 目の前にある人命を無視してまで遂行したいという自身の“エゴ”。
ハッと気付かされた表情をするあるみ。しかし、認めたくないという懐疑的な思案に駆られる。
「そっ、それじゃあ何が正しいっていうの!」
「…………何が正しいか、僕にも分からないよ。――でも今は、彼女の命を助ける事が正解なんじゃないかな」
樹は拘束されたりぼんに目を向ける。
「――僕に任せて」