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内部での情報収集、そしてダンジョンの攻略。出来れば希少金属やアーティファクトの採取。
銀慈が樹に伝えた事は、この三つであった。
黒く小さな腰袋を渡される。
「戦闘はあるみに任せとけ、手に入れた物は袋に入れて持ち帰ってくるんだ。気合い入れて行って来い」
銀慈は、景気付けに樹の背中を力強く叩く。
「って、てて」
樹はよろけながらも、入口に近づいた。
すでに入口には、あるみ、りぼん、鉄、晴士朗が準備を済ませて待機していた。
それぞれ自分の装備に応じたインナー姿で、河川敷に吹く強風に身を丸めている。
そして、やはりだが、その姿は注目を浴びていた。
ほぼ下着姿に近い姿。周囲の野郎共の視線を集める。主にあるみに、その視線は注がれていたが、銀慈のような趣向の者も数名居るようで、鼻を伸ばし、りぼんの姿を眺めている。
ダンジョンウォーカーの男女比としては、それほど差は無いであろうが、やはり危険な仕事であるため、女性を見かける比率は三割ほど。
男女比の偏りが激しい現場でこのシーンを見ないわけにはいかないだろう。
「ちょっと! 寒いじゃない! 早くしなさいよ!」
樹はりぼんにどやされ、急いで支度をする。
「す、すみません」
背後では銀慈とローゼが見守る。
「じゃあ、行くわよ!」
初めてダンジョンに入った時のように、全身を眩い光に包まれた。
◆
――視界が開ける。
河川敷の乾いた冷たさから、湿度を含んだしっとりとした冷たさに変わったのを肌で感じ取る。
周囲は霧が立ち込め、幻想的な雰囲気であった。
山岳地帯なのか、切立った岩が聳え、霧に霞んだ枯れ木は人の姿を思わせる。
辺りの岩はどういう成分で構成されているのか分からないが、エメラルドグリーンの濃淡が鮮やかであった。
頭上は曇り、周囲は岩壁と痩せた木々、そして奇妙な植物が自生している。
「桃寺くん、アーティファクトを『コンバート』させて」
「コンバート……?」
初めて聞く言葉だったが、すぐにピンとくる。
樹はポーチに入れていたアーティファクトを取り出し装着した。
腕輪は漆黒の煙となって身を包み、黒い鎧に変化する。初めて装備した白銀の鎧とは違い、どこかゴツさがあり赤い腰布が目を引く。
しかし、黒い鎧は白銀の鎧より、“身を守られている感”が薄く、頼りなさを感じた。
樹がそう感じたのもそのはずで、初めて装備したアーティファクトは“希少アーティファクト”であった。
希少アーティファクトは通常のアーティファクトよりエルトルの供給が多い。(または奪う物もある)
樹はその差を体感的に感じていた。
初めのダンジョンで樹が“防御壁”を張る事が出来たのも、希少アーティファクトの“特殊技能”からであった。
残りの指輪を装備すると、輝きと同時に剣に変化した。
感覚を確かめるようにしっかりと握りしめる。幅広で反りが無く重厚感のあるファルシオンに似た剣だった。
『武 器 型』としては最もスタンダードな刀剣。そして、この装備も特別な効果は無く見た目通りの重さが腕全体に伝わる。
それでも樹は戦棍よりは気に入っていた。
『剣の方がカッコイイから!』という単純思い。
自身の力を数倍に高める時価数百万円の戦棍は、何の効果も持たない数万円の刀剣に思い負けした。
「――出来たよ」
樹はコンバート完了した自分の姿をまじまじと眺める。
RPGだと物語中盤といった感じであった。
樹の姿を確認したあるみは、アミュレットを取りだす。
髪を後ろで束ね、アミュレットを首から下げる。
アミュレットは輝きと共に白い鎧に変化した。
あるみの髪の色も、根元からゆっくりとグラデーションを描きながら純白に変わってゆく。
ゆっくりと目を見開き、あるみのコンバートは完了した。
胸元から肩までは装甲で覆われ肩口はノースリーブのように地肌が見え、身体にフィットした、動きやすさと美しさを兼ね備えた装備であった。
「さ、行きましょう」
樹は別人のようなあるみに動揺する。
「あ、あれ……武器はいいの?」
「もう出てるわ」
背後に何かが浮遊していた。透明だが、光の屈折で形が分かる。
数えれば七本の剣が、あるみの背後に浮遊していた。
『武 装 型』のアーティファクト。
『武 装 型』は一つ装備するだけで身体に影響する負荷が恐ろしく強い。その分、身体の向上、魔力値の上昇は見込めるが、防御面において防ぐ手段が少ない事が難点であった。
その点、あるみのダンジョンに対するストイックな精神は、そんな『武 装 型』の特質と合っていた。
「握れば実体として姿を現すわ。さ、ダンジョンを目指しましょ」
山岳地帯に足を踏み出した瞬間、
「ちょっと! 待ってあげたんだから、待ちなさいよ!」
霧の中からりぼん達が現れる。その姿は、未だコンバートしていない。
「……私達には私達の仕事があるんだけど」
「はぁ?」
あるみの角が立つような言いように、樹が割って入る。
「まぁまぁ、一緒に入れてもらったんだから、待ってあげようよ」
仕方がないといった様子で、あるみは三人のコンバートを待つ。
りぼんは、腕輪を装備すると赤く輝き深紅の鎧に身を包まれた。金色の装飾は髪の色と相まって、相応しい装備のように思える。瞳の色も、ブルーから燃えるような赤に変化し、りぼんの燃えるような勢いに拍車をかけていた。
もう一つ指輪を装備すると、黄金の鞘の剣に変化した。身長差からその剣は大きく、クレイモアを思い起こさせる。
背の高い痩せたロン毛の男、案山子鉄は腕輪を装備する。右腕から胴回りまでを守る半装甲の鎧で、更にはめられた指輪は黒い杖に変化する。見た目からして、魔術師のような風貌であった。
『武 器 型』としては数がそれほど多くない杖。それに加え扱える人間の少なさから、魔術師タイプの人間は貴重な存在であった。
背の低い小柄な男、虹裏晴士朗は、インナー姿から鍛え上げた屈強な体を見せていた。
取り出した首輪を装着すると、首輪は瞬時に全身を覆い、灰色の塊となった。
二メートルほどの灰色の塊は、有角の人型に形成さる。『武 装 型』でも武器を持たない格闘タイプのアーティファクト。
アメコミのヒーローを思わせる風貌に形を変え、黒を基調とした色合いがにじみ出し変身の完了を伝えた。
深紅の女戦士、装甲魔術師、異色の武闘家そんな三人と行動を共にすることとなった。




