表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dungeon Walker【ダンジョンウォーカー】  作者: 荷獣肋
第三章【多摩川ダンジョン】
15/48

1

 昼を過ぎ、昨日と同じように事務所を目指す。


 突然話された事実をすんなりと、受け入れることは出来なかったが、有無を言わさぬ銀慈の態度と、あるみに対する好意に、流されるまま依頼を承諾してしまった。


 陰気な裏通り、二階建てのビル。やはり、昨日と同じで人通りはゼロ。

 足取り重く、地下バーへの細い階段を下りる。


「――お、おはようございます」


 内部の様子を確認しながら、ゆっくりと木製の階段を下りる。

 ソファーの片隅に大きな背中が見えた。


 ひと目で誰か分かる姿。罪運(ざいうん)銀慈(ぎんじ)。元ヤクザでヴァンパイア。そして、スキンヘッドにサングラス。昨日と同じ黒いワイシャツからは筋肉が隆起(りゅうき)している。

 樹はさっそく怯えながらも銀慈に近づく。


 豪快に伸ばした足をテーブルに乗せ、大型の液晶テレビの前に座っていた。


「おぉ、早かったじゃねぇか。ちょっと待て。今、ボス戦なんだ」


 銀慈の言葉に、眉をひそめつつ樹は画面を見る。


「……SOA?」


 SOA:通称“Scar(スカー) of(オブ) Arcadia(アルカディア)”は日本発のMMORPG。

 ゲーム内容は、よくあるファンタジー物。在学中は勉強もそっちのけで、熱心にレベル上げに勤しんだものだと懐かしく思う。


「お、知ってるのか」


「β時代からやってたけど、今はもう卒業しました」


「まぁ、正解っちゃあ正解だな」


 テレビ画面には、獣耳のピンク髪ロリ幼女が、禍々しい武器を振り回している。

 チャットログから察するに……


「ひ、姫プレイっすか……」


「あぁ? 別にいいじゃねぇか」

 銀慈は軽快にキーボードとコントローラーを操作する。


         ▼

Gin: サポートよろしくねっ!

toto: おk Ginちゃんww

Gin: ありがとー

くりぃむ: 回復ありがとう~

toto: 死ぬwww

Gin: すぐ助けにいくよー! まってて!

toto: tnksw

狼: もう少し

Gin: がんばろー!

         ▲


 現実とは程遠い口調で周りの士気も高めつつ、操作的にも確実にボスの体力を減らしてゆく。

 アクション要素の強いSOAは、ビギナーとベテランのプレイの差は歴然。銀慈の操作する獣耳のピンク髪ロリ幼女はソロでも十分通用する動きを見せながら、巨大な二頭のミノタウロスに連撃を与える。


 次々と流れるチャットログ。画面を見ただけで銀慈がどれほどメンバーに期待され、(した)われているか分かる。かわいさと強さを兼ね備えた幼女と、それを操作する強面のサングラスにスキンヘッドの男を見比べる。実際の銀慈の姿を見たらどう思うだろうと考えると少し可笑しくなった。


 銀慈は素早くキーボードを打ち込む。

         ▼

Gin: ごめんなさい~、お母さんと買い物に行くから落ちるね

狼: えぇー夜はインする?

Gin: わかんない

狼: インしたら飛んで行くよ!

toto: 狼wwww

くりぃむ: wwww

Gin: じゃあねー

         ▲

 ロリ幼女は手を振るアクションを保持したままログアウトした。

 ひと段落した銀慈は背伸びをする。


「っがぁ~~~、終わった~~」


「えっ……お母さん?」


 後ろから見ていた樹は引きつった表情で銀慈を見る。


「んなわけねぇだろ、俺はSOAじゃ十四歳でキャピキャピ(死語)の女子中学生だからな、そして厳しいママが居る設定だ」


「ブッっ!? それ無理あり過ぎですよ! でもゲームとかするんですね」


「なんだ? 変か?」


 見た目とのギャップが大きすぎる。こんな恐ろしい大男が、ゲームの世界では獣耳ロリ幼女。

 チャットのログから、本当に銀慈(ふん)する、Ginが女の子だと思っているプレイヤーを何人か見かけた。中身はこんな強面の大男でヴァンパイアだと知るとどう思うだろう……。元ユーザーの樹は同情を覚えた。


「俺だってゲームくらいしてもいいだろ? こう見えても、一応は人間だったんだぜ? 二十五までだがな」


 残る百年は人間じゃないじゃないか……そう思いながら銀慈の話を聞く。

 もともと体が大きく、“鬼の子”と呼ばれ村でからかわれていた銀慈。スキンヘッドは角が無い証として丸めていたらしいが、二十五歳の時、不運にもヴァンパイアに襲われ吸血“鬼”となってしまったそうだ。


「なかなか辛い人生だぜ。ヴァンパイアってのは、物語に出てくるようなモンスターじゃねぇ。異界のアメーバみたいなもんなんだ。人体を乗っ取り、吸血動物に姿を変えちまう。俺の意志はあるが、既に体はアメーバに浸食されて俺の物じゃない。血液を欲する衝動も植え付けられちまうしな」


 銀慈は握り拳を作り、ぎゅっと握りしめる。

「……食欲、性欲、睡眠、排泄も無くなり、味覚も失われる。痛覚は微量に残ってるがどうってことはねぇ。感覚が無ぇってのは辛れぇもんだぞ? 何度も発狂しそうになって、日に焼かれて何度も死んでやろうと思ったな。だが俺は、いつしか裏社会で生きるようになった。まぁ裏社会しか居場所が無かったってのが本音だが……人も数えきれないくらい殺したし、自分の中の闇も見た。そんな中、俺が唯一心を動かされた物が映画や物語の世界さ。終戦後、どんどん発展する市場に俺は興奮したね。人の数だけ物語があった。物語の数だけ、笑いがあり怒りがあり哀しみがある。楽しみ方は無限大だ」


 樹は黙って頷く。


「永遠の時間でも、これがあれば生きていける。依存しちまってるのかもな」

 そう言って銀慈は豪快に笑った。


「なんですか……深イイってやつですか?」


「深イイって話でもねぇが、単純に俺の“ここ”に刺さったんだ。人の心を失ったと思っていた俺でも泣けるモノがある事に」


 銀慈は胸を叩く。


「善悪ひっくるめて、俺はそんな人間が好きだ。だから、世界を救いてぇと思う。予言書を手に入れたのも運命だと思ってる。……まぁ人間以外に、漫画に小説、音楽も聞く、バイクに車、なんでも好きだぜ? でも可愛い女の子が一番好きだな! がっはは!」


 親近感が湧くが、見た目はやはり怖かった。樹は苦笑いで合せる。


「……ふふふ、昔話なんて珍しい」


 カウンターにはローゼがいつの間にか座っていた。

 大胆に足を組み、頬杖をついて二人を見つめる。


「よかったわね。お話出来るお友だちが出来て」


「そんなんじゃねぇよ。それよりあるみは?」


「丁度トレーニングが終わってシャワー浴びてるところよ」


 ローザは、にやりと樹を見る。

 樹は慌てて目を逸らす。


「そうだ。とりあえず、お前さんにアーティファクトを貸しておく。使い方は分かるだろ?」


「は、はい。ありがとうございます」


 腕輪型のアーティファクトと指輪型のアーティファクトを受け取った。

「それと、これを見て少しは勉強でもしとけ。国が発行してるアーティファクトの年鑑カタログだ」


 小さい辞典ほどの大きさのソフトカバーの本。

 カラーページで用途別に、アーティファクトが写真付きで紹介されていた。

 おおよその紹介文と、取引相場が書かれてあった。


「へぇ、凄い百万とか余裕で越えるアーティファクトもあるんですね」

 樹は、見ているだけでわくわくした。


「お前さんに渡したアーティファクトは、このページと、このページのやつだ。生憎それしか残ってなくてな」


 説明文には『武 器 型(ウェポンタイプ)』の項目に指輪は刀剣に『防 具 型(プロテクトタイプ)』の項目に腕輪は鎧に変化すると書かれてあった。


 特殊な技能は“なし”と書かれてある。

 無いよりマシだ。一度入っただけで生身で入る事がどれだけ危険な事が身にしみている。


「最低限必要な物資と、あと、これに着替えとけ」


小さなポーチにはナイフやリングツール、ロープなどのサバイバル用品、小型の水筒。それと、一枚の、

「なんだこれ? ボクサーパンツ?」


「インナーだ。その服のまま防具装備すると動きずらいだろ?」


 確かに、スーツ姿に鎧は動きずらかった覚えがあった。


「……なるほど、あの。ダンジョン内でお腹が空いた時とかはどうすれば」


「まぁ、現地調達か、ポーチに入る程度の食糧かになるな」


「現地調達!」

 モンスターを食す事に抵抗を覚える。


「でも水も火も無いですし……」


「それも大丈夫だ。ダンジョン内部はエルトルに満ちている。今は魔法が使えなくても、ある程度身体の細胞が活性化すれば火の魔法くらい楽に出せる。肉も上手に焼けるはずだ」

 笑いながら銀慈は言った。


「……それ、突っ込みませんからね」


 アリィが口から火を出していたのはそういう事だったのかと理解する。



 扉が開かれる音が聞こえた。


「あら、桃寺くん。早いのね」


 コツコツと足音を立て、濡れた髪を拭きながらあるみが階段を下りてくる。

 埃っぽいバー内に、シャンプーの良い香りが広がった。


「う、うん、家に居ても落ち着かなくて」

 ローザのいたずらな視線に、樹はすごすごと答える。


 人員がそろったところで、 

「よし。まだ時間は十分にある。準備を怠るな、日が落ちたら出発するぞ!」

 銀慈は活気よく声を上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ