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 ネットのオフ会で、飲み過ぎてしまった。

 タクシー代を節約するためにひと駅分を歩いて帰ったのだが、これがそもそもの間違いだった。

 千鳥足に翻弄されながらどうにか家に帰り着いたのは、解散してから二時間以上が経った頃だった。

 アルコールの作用で、やたらに眠い。

 一刻も早く布団に潜り込んでしまいたかった。

 玄関の鍵を取り出そうとポケットをまさぐったところで、はたと気付く。

 携帯が無い。

 醒め切らない酔いで回転が鈍くなった頭でも、それがどれだけまずい事態かは把握できた。翌日に、前の週に受けた就職面接の結果を知らせる電話が掛かってくる予定になっていたのだ。電話を失くしちゃいましたアハハハハ、では済まされない。

 携帯の所在を探るため、霞がかかったようにぼんやりとした記憶を呼び戻す。

 居酒屋を出た時は、間違いなく手元にあった。別れ際に、何人かと番号とメールアドレスを交換したからだ。

 途中で気分が悪くなり、通りがかった公園に立ち寄って公衆トイレを探し――。

 そうだ、あの時だ。

 胃の中身を便器にぶちまけて個室から出た時に、ポケットから携帯が落ちた。

 それはすぐさま拾い上げたが、口を濯ぐときにポケットに戻さず、洗面台に置いたのである。

 気分がすっきりしたところで、携帯の存在すらも綺麗さっぱり消え去っていた。つまりは、そういう仕儀である。

「面倒くせえなあ」

 ぼやいても仕方がない、と思い、布団に未練を残しながらも、俺は今しがた通った道を逆に辿ることにした。

 頭を使ったことでいくらか酔いも覚め、道を大きく蛇行しない程度には歩けるようになっていたが、それでもまだ足元がふらつく。早いところ携帯を発見して、さっさと眠りに就きたいところだ。

 アパート前を出発して十分後、俺は目的の公園へと到着した。

 公園から遊ぶ子供たちを取り除いて、夜の静けさに沈めるとこんなにも近寄りがたくなるのか、と思う。公園灯の青白い光に照らされたジャングルジムが、不気味な雰囲気の演出に一役買っている。

 何年も前の話になるが、この公園で縊死体が発見されたことがある。近所に住むニートが、ジャングルジムの骨にロープを引っ掛けて首を吊っていたのだ。

 大方、将来の保証がまるでない自分の人生に悲観して自死を選んだのだろう。何かのきっかけで世間から外れ、戻る勇気もなくずるずると歳を重ねた結果、残ったのは絶望だけ……。

 他人事じゃないな。

 俺も、就職に失敗したら同じ道を歩みかねない。

 そうならないためにも、早いところ携帯を回収しなければいけないのである。

 意識してジャングルジムから目を逸し、俺は足早に公衆トイレへ向かった。行儀よくトイレに行かず、道端にでも吐いていればよかった、と軽く後悔しながら。

 携帯は俺の記憶と推測通り、洗面台のへりに置かれたままになっていた。無事に発見できたことに、安堵がこみ上げてくる。

「ん?」

 本体のランプが緑色に点滅していた。メール受信があったことを知らせているのだ。

 先ほど別れたメンバーが、早速メールでも寄越してきたのだろうか?

 そう考えながらフラップを開き、メール受信フォルダを呼び出す。

 題名は無し、最新メールの差出人欄には「送信者不明」と表示されてた。

「んだよ、迷惑メールか?」

 それにしても無題であるのが気になる。迷惑メールなら、煽情的な掲題が普通ではないのだろうか。

 そんな疑問を覚えながら、軽い気持ちでメールを開いてみた。

 本文は無く、ただ一枚の画像が添付されていた。

 薄汚い男子トイレを写した画像だった。

 その一面を覆い尽くす格好で、半透明の男の上半身が逆さになって写り込んでいた。

 目にあたる場所は黒い穴だけが開いており、口は何事か叫んでいるかのように大きく開かれている。

 まるで、絶叫マシンの乗客を接写したかのようである。

「何だこれ……気持ち悪っ」

 フラップを閉じかけた時、ふと気付いた。

 このトイレ、見覚えがある。

 いや、見覚えがあるどころの話ではない。

 顔を上げると、目の前には、画像に写っているトイレと全く一緒の光景が存在している。

 何度も比べ見たが、メールに添付された画像は、このトイレで撮影されたものに間違いないようだった。

 メールの送信時間は、ほんの三分前である。

(つまり、これって……)

 送信者は、すぐそばにいる、ということになる。

 何の意図があっての行為かさっぱり分からず、俺は家に戻ることも忘れて立ち尽くしていた。

 ぎぃ

 個室のドアが軋み音を立てて開いた。

 続いて、個室から男の顔が、ぬっと突き出てきた。

 眼球がない。

 確かめるまでもなく、メールの画像に写っていた男だ。

 男は顔だけ出して、俺をじっと見つめている。首から下は見えない。顔の位置からして、肩が見切れていないとおかしいのに。

 ひゅっ、と胸のあたりの血管が縮み上がる。

 前触れもなく、顔が天井近くまで垂直に移動した。

 俺を真っ直ぐに見つめたまま。

 何かを考えるまでもない。

 俺の足は、瞬時に逃走を選んでいた。

(何だよあれ、何だよあれ、何だよあれ!)

 酔いも眠気もどこかに吹き飛んでいる。ただ、この場から一刻も早く立ち去らなければならない、と思いながら、全力で駆けていた。

 一度も立ち止まることなく走り続け、アパートに辿り着いた時には、心臓も肺も最大級の悲鳴をあげていた。

 先ほど吐き戻したばかりではあったが、新たな吐き気がこみ上げ、俺はコンクリート塀に盛大に嘔吐した。

 呼吸困難で喘ぎながらも、俺は最後の力を振り絞り、半ば這うようにして自室を目指した。

 さっきの顔が追ってきませんように。

 普段は無神論者を自称する俺でも、この時ばかりは神に祈らずにはいられなかった。


 翌朝の目覚めは最悪だった。

 二日酔いで頭が激しく痛む。普段ろくに運動をしていないところに全力疾走をしたから、足も筋肉痛である。

 時間を確認しようと、枕元の携帯を手に取ったところで、寝ている間にメール受信があったことに気付いた。

 受信件数、四十九件。

 全てのメールに画像が添付されていた。送信者は「不明」である。

 最後のメールの送信時間は、十分前。

 即座に布団から跳ね起き、携帯ショップへ駆け込んだのは仔細に及ばずであろう。

 ちなみに、面接は不合格だった。

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