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 火葬場に勤務していることを人に話すと、「いわゆる心霊現象と遭遇することはないのか」と水を向けられることがある。

 同僚や古参の社員の中には、

「夜中、火葬炉の前で赤ん坊を抱いてじっと立ち尽くす若い女性を見た」

だとか、

「会葬者の中に故人が混じっていて、自分の骨が拾い上げられるのを無表情で見つめていた」

だとか、背筋がそら寒くなる話を聞かせてくれる者もいるが、私自身その手の話にほとんど縁が無い。

 私に言わせれば、亡者よりも生者の方がよほど厄介である。 

 控室で遺族が殴りあっている場面に遭遇したことがある。事情を質すと、遺産の分与で揉めたらしい。家でやれ、と言ってやりたくなった。

 いよいよ故人と最期のお別れを、という厳粛な折に、派手な衣服に身を包んだうら若き女性が、号泣しながら建物に闖入してきたこともある。生前、艶福家で鳴らした故人が可愛がっていた愛人だという。二の句が継げずに立ち尽くす遺族の呆れ顔が今も忘れられない。

 点火後間もなく、火葬炉の内部から重い破裂音が聞こえてくることも少なくない。

 外し忘れたペースメーカーや、故人が使用していた携帯電話――あの世から掛けてこい、ということだろうか――が破裂するケースが多く、中にはどうやって持ち込んだのか、スイカやメロンが破裂することもある。炉が傷むし、飛んできた破片で火夫が怪我を負うこともあるので、発見したらやんわりと注意はしているのだが、こちらの目を盗んで棺に忍び込ませる会葬者は後を絶たない。

 それでも、最期に見送ってくれる縁者が多いだけまだましである。どんな事情があったかは知らないが、会葬者がたったの二人ということもあった。棺の中からは胃の内容物が逆流しそうな激しい悪臭が立ち込めていたから、余程の事情があったのだろう。

 いかな経緯があったにしろ、それを詮索するつもりは毛頭ない。火葬許可証と焼くべき遺体さえ揃っていれば、あとは粛々と職務を全うするだけである。

 我々は故人を彼岸へ送り届けるための黒子でしかないのだから。

 

 さて先ほど、私が怪異に遭遇することはほぼ皆無だと言ったが、ただ一度だけ、奇異で忘れ得ぬ事案に立ち会ったことがある。

 故人は、小さな男の子だった。

 この仕事に就いてそれなりの場数は踏んでいるが、幼い子どもの葬儀は未だに慣れることがない。母親が棺の中で眠る我が子に頬ずりしているのを見たりすると胸が締め付けられ、点火スイッチを押すのも躊躇われるほどだ。

 件の男児は、長い闘病生活の末に亡くなったのだと聞いた。生まれつき身体が弱く、家で一緒に過ごした時間は一年にも満たなかったという。

 取り乱すこともなく気丈に振舞っていた母親の姿が印象的だった。

 トラブルもなく、一時間ほどで焼き上がりとなった。炉の前に再び遺族が集まってくる。

 炉の扉が開き、引き出された台車を覗きこんだ面々から驚きの声が上がった。

「うわ、何だこりゃ」

 火夫が難儀してくれたのだろう、幼い子どもだったにもかかわらず、遺骨はひと目でどの部位か分かるほど見事に焼け残っていた。

 上腕骨、大腿骨、骨盤、頭蓋骨。

 そのいずれにも、短い金釘が隙間なくびっちりと打ち込まれていた。

 父親は言葉をなくして遺骨を凝視している。母親に至っては、今にも卒倒するのではと思われるほど顔面蒼白だ。

「これは一体……どういうことですか?」

 会葬者から問いかけられたが、無論私に答えられるはずもない。同席した古参社員も絶句しているほどなのだから。

 普通であれば、これは足の骨、これは肋骨、と説明しながら骨を拾ってもらうのだが、それをできるような雰囲気ではない。喉仏は釘を中心にして放射状にひび割れてしまっていた。

 それでも遺骨を拾わぬわけにもいかず、釘が刺さっていない部位を慎重に選んでのお骨上げとなった。骨箱に入れるために骨を途中から二つに折ることはよくあるが、輪切りにしなければならないのは初めてのことだった。最終的に、骨箱に収まった骨よりも、台車のほうに多く骨が残った。

「お骨箱に入らなかったお骨は、いかが致しましょうか?」

 念のために男児の父親に尋ねると、

「申し訳ありませんが、そちらで処分してください」

 即答だったが、誰も彼を責めることなどできないだろう。


 釘だらけの遺骨は、馴染みの寺院に弔ってもらった。

 住職は遺骨を見るなり、一も二もなく供養を引き受けてくれたが、なぜ骨に釘が刺さっていたのか、その理由についてはついに教えてはくれなかった。

「深く立ち入らないほうが良いこともあるからね」

 住職の言である。

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