プロローグ:登場編
毎日、俺はそれなりに生きている。
俺が住んでいるのは海にほど近い田舎町で、昼頃に出歩いているのは、大抵が畑仕事に向かうお年寄りだ。
だから、俺みたいな若者が出歩いているのは、極めて珍しい。お年寄りは、俺の事を興味深そうに見る。
俺は仕事を辞めて、コッチに戻ってきたダメ人間だ。いくらでも笑えばいい。
そんな投げやりな事を考えて、ブラブラと歩いていく。自販機の前を通り過ぎた辺りで、軽快な足音が聞こえた。
元気なお年寄りだ。
そんなに全力疾走して、そのまま逝っちゃうなよ?
おいおい、足音から察するに、加速したぜ?凄いな。
「センパーーーーイっ!!」
「だっ!?」
タックルされた。間違いなく、背骨は逝ったろう。そんな事が確信できる音と衝撃だった。
「ま・・・雅姫」
「こんにちわ!センパイ!」
人の上に馬乗りになって、元気よく挨拶をするこの阿呆。
笹川 雅姫。18歳。華の女子高生、その中のサボり組だ。ショートカットの髪に、猫か何かをイメージさせる瞳。外見だけで、その活発さが想像できた。
「いやぁ〜、今日も晴れてますねぇ?それなりに寒いですが、陽が当たれば暖かいですよね?テンションも上がるってモンですよ。ねぇ?」
俺は最高にテンション低いんだが。
馬乗りになっていた雅姫を半ば強引に押しのけ、服に付いた砂を払いながら立ち上がる。
「雅姫。お前、またサボりか。そのくせ、制服だけは着てるし・・・」
「へっへ〜。これはもはや私服ですね〜」
「・・・まぁ、お前の私服姿なんか見た覚えがないしな」
スカートをヒラヒラさせながら動き回る雅姫。中身が見えないか、非常に危険だ。
「ところでセンパイ、何してたんですか?」
「コンビニ行こうと思ってたんだよ。そうしたら、後ろからタックルされた。今でも背骨が悲鳴を上げてるんだが」
「はっはっは。ヤワっすねセンパイ」
「お前な。元陸上部のタックルがどれだけ強烈か分かるか?」
そう、雅姫は元陸上部で、それなりの成績を残している。そんな人間が全力疾走してブチ当たってきたら、背骨も逝くというものだ。
「さぁセンパイ!コンビニ行きましょコンビニ」
「華麗に無視かよ!?」
ああ、なんで俺の周りには普通の人間が居ないんだ・・・。親父は研究馬鹿、母は度を超えた天然、幼なじみの後輩はコレ、そして・・・
「はぁ」
「センパイ、溜息つくと幸せが逃げるんっすよ?」
「・・・取り返す方法を教えてくれ」
「ん〜、神に祈る」
「神は死んだ」
と。
それは、全く突然の事だった。
背後で、轟音。いや、爆音。
悲鳴を上げる暇もなく、俺と雅姫は軽く3メートルほど吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
地面に叩き付けられ、短い悲鳴が上がる。
全身が痛い。雅姫のタックルの比じゃなかった。
そうだ、雅姫は?
痛みはあるが、体は以外にもすんなりと動いた。首を回して、雅姫の姿を探す。
「雅姫!」
居た。草むらの中で、力なく横たわっている。見たところ、大きな外傷はなさそうだ。
急いで雅姫のそばに駆け寄り、肩を揺する。
「雅姫、雅姫!?」
「・・・う・・・あ」
うっすら目を開けて、俺の姿を視界に捉えた。意識はあるらしい。
「クソ、何が・・・」
立ちこめる砂煙が、秋風に吹き払われる。
綺麗だ、と思った。
その金色の髪が。
白い肌が。
常識外れに巨大な、その剣が。
その剣に磔にされた、少女の姿が。
そして開かれた、そのグリーンの瞳。
「おはようございます。マスター」
紡がれた言葉の意味も分からずに、俺はその声色に魅せられた。
青く、あまりにも巨大で無骨な剣に磔にされた、美しい少女に。
逃れようもなく、魅せられた。