第7巻、対峙、迷える氷海の王妃
前回のあらすじ3行。
「自身の次元から転移してきてしまった浦島太郎とバイクに姿を変えられた亀、カメーンらとともに浦島の世界にある竜宮城へ行く」
「人魚姫の世界が主人公不在で崩壊しないよう留守番させていた偽デヴィガイオのアイスドールがマシンオーガに襲撃されるが、"その時不思議な事が起こった"」
「一行は浦島太郎とカメーンを元の次元に帰したが、戻ってきた人魚姫の世界にはある異変が起きていた……」
――――「……カイは、どこ」
「カイ…?〇イブレードか?」
吹雪に吹かれる白銀の長髪、陰を落としたように見える生気を感じられない蒼い瞳、刺々しさのある氷晶を纏ったようなドレスと雪のような白い肌には鮮血のようなものの飛沫を浴びているように見える。
「カイ、はどこ」
開幕飛んできた氷柱を防いだ盾扱いの巨大マサカリ越しに、感情のない声で質問を繰り返される。
某爆転シュートの件の冗談は通じていないというより、無視されている。
「解とはいかなかったか~」
「こんな状況で駄洒落とは、アルくん……」
白いフリフリとしたレースの付いた水着姿の雪女キネシスだけでなく、後ろの赤毛の人魚デヴィガイオことデビ子も困り顔を見せる。
常夏を思わせる人魚姫の世界だったが、浦島太郎らを元の世界に送り届けたあと、戻った時には氷河期のような状態へと移行していた。
蒼い海は今や流氷まみれ、白い砂浜も雪女の世界のような一面の雪原、晴れ渡っていた空も雪を降らせる曇天一色。
元々海に住んでいるデヴィガイオ、寒さに慣れているキネシスはともかく、寒さに耐性などないチェンジノイドのアルジ・キミヒトはサーフパンツ一枚なので凍えるどころではない。
「カイはどこ」
まただ。表情どころか声色一つ変えず、さっきから同じことしか言わない。壊れかけすら突き抜けた人型レイディオか。
「なんか怖い、になってます」
「心配すんな。あんな奴、また実力行使してこようならバキバキに粉砕してやるからな」
仲間の協力こそあるものの、ここまで大鬼だの冬将軍だのと倒してきた。
何より、隣にはキネシスとデビ子も居る。
いつも通り、今回も大丈夫だろうと確信していた。
「カイ、知らないんだ」
――――過信していた。
突然、足元からにょきっと氷柱が生えてきた。
「くっ……!」
「アルくん!」
「うわっ……です!?」
咄嗟に背後の海面へ近くのデビ子を突き落としたが、アルジは避け切れず右肘の表面を斬られた。
(前動作も無しに攻撃を仕掛けてくるとは……)
「カイ、知らないんだぁ…」
「だからカイって何のことだよ!」
何度も先程のように鋭利な氷の槍を生やされ、とても変身どころではない。
躱しきれず流血した肘を抑えながら、相棒と各々で生えてくる氷柱の攻撃を回避する。
「――カイに、成れ」
マサカリの向きから目線を動かさないまま、空気を震わせ伝えてくる。
「アルくん、気を付け…て……!」
「わかってる!……キネシス?」
氷の剣山の攻撃が止んだのだが、キネシスの様子がおかしい。
「………………………………………………………………」
「おーい!キネシス、何か見つけたのか!おい、どうしたんだよ!」
氷張りの床で足を取られないよう気を付けながら、白ビキニ姿の背後まで駆け付けた。
(返事がない。それに、あのカイに成れっていうのはどういう意味だ…?)
――――――――「はい、わたしはカイでございます!お姉さま!」
「は………?」
カイ……?
お姉さま……?……………??…………………………………???
キネシス?から危険を感じ、数歩距離を置く。
「おま……、何を言って……?」
頭が真っ白になる。
「カイ、あの人間を始末しろ」
「はい!お姉さま!」
振り向くなり、今まで見た事がない笑い顔を見せてくる。
瞳は紫に濁り、口はニヤリとキャラに合わないぐらいニヒルな笑みを見せつけてくる。
キネシスが、……オレと仲良くしていたあのキネシスが。
雪だるま対決したり、冬将軍を倒すのに協力したり、突然雪原で押し倒してキスを迫ってきたり、海辺で一緒にアイスを食べたり、可愛い水着姿で腕にしがみついてきたり、デビ子の前で独占欲丸出しにしてきたり……、あのキネシスが?
まだ共に過ごした思い出が沢山というほどではないのだが、走馬灯のようにキネシスの色々な表情が浮かんでは、ノイズの海に消えていく。
「はぁぁぁ………………」
これが、脳を破壊されたという感覚なのだろうか。
放心しているのも束の間、元キネシスのカイは妖術で氷の短刀を生成し、ゆっくり迫ってきた。
「おいアルジ!目を覚ます、になれ!」
――遠くから知った声が聞こえる。
「デビ子!」
「危ない、だよ!キネシスを置いて…逃げるになろう!――早く!」
海に逃がしたデビ子が叫んでいる。
……しかし。
「キネシスを、オレの大事な相棒を置いて行けるか!」
――アル、ジ。アル…くん……。
「はや…く、に……げ…て゛」
紫色に濁りかけた、まだ僅かに青みを含む瞳に溜まる涙。
「キネシス……」
流れた瞬間、あの狂気に染まった笑みが戻る。
――――サクッ。
肉を刺す音とともに紅い雫が氷上に落ちた。
「あ………、がぁあ……ぁ…!」
段々と、脇腹に突き刺された氷の短刀へ血が伝わっていく。
「あっははははははははっははははは、あははははははははははははははは…、ははははははは……!」
泣いている。
自由の利かない表情から出る笑みから分かる。アルジには、あれは笑い声ではなく、悲鳴に聞こえた。
相棒だった女は刃を抜き取ると、水際まで来ていたオレに思い切り体当たりをして海に落とした。
(出来るないだろ……。操られているのは分かっていても、キネシスに反撃なんて)
冷てえな…海。
冷たすぎて、全身の感覚が無くなってきた。
故郷を追われ、旅先でせっかく出来た仲間を洗脳されてそいつに刺され。
そっか………、そうなる時って案外あっさりしちゃうんだな、オレ。
水面の向こうでキネシスの横にあの女が立っているのが薄っすら見えた。
沈んでく。深くて、暗い海の底へ溶けてゆくように。
――――アルジ、アルジ、しっかり、するにな――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おーいアルジ!柿やら色々採れたぞ!メシにしようぜ!」
「おう、金太郎」
枯れ葉を燃料に焚火をする二人。
泥だらけになったオフィスカジュアルの男と、赤い腹掛けには大きな白い丸とその中心に金の一文字、下には金色の水干、そして逆立った金髪に加えて筋骨隆々とした逞しい男。
キノコや川魚を串焼きしたそれに齧り付く二人。
(夢、か。最近のはずなのに、この光景がなんか懐かしく感じるな)
「お~リスよ、どうした。ほうほう、頬袋にドングリを詰めていたら移動中に喉詰まらせかけてむせたってか。お前さん、あんまり食い意地張らんよう気い付けるんだぞ。おうおう!」
動物と会話する男。
「今日も相撲は俺様の勝ちだなクマ公。……ほれ、アルジも相手してみたらどうだ?走り回ったり、木々を飛び移るだけが修行じゃないぞい」
「いやいやいや、さすがに熊はやべえって…」
「加減するように言っとくからさ」
「コッコッコッ」
ツキノワグマもそうだそうだと返事をしているらしいが(金太郎談)、今のオレにはまだ早いだろ……。
「金゛太゛郎゛ー!!」
「ああ……。熊より強かったわ、あの鬼」
オレが勤務していたエネルジオプティマスの刺客、単身乗り込んできたマシンオーガの武装曹長グロムとの一騎討ちでマサカリの攻撃で首を刎ね飛ばしたものの、同時に大きく鋭いツメが金の字ごと腹を突き破る相討ちという結果に終わった。
深く刺さった手首も、マサカリを片手で扱いマシンオーガの死体から切り離したが抜けず、傍の木の幹に背中を預けている。
吐血しながらも、あの時の金太郎が語っていたことは忘れちゃいない。
「お前さん、出会ったときに撮った"写真"とかいうのがあれば、オレに変身できるんだったよな…。
いいか……。お前さんはこれから先、俺様みてーなやつとまた、出会ったり、別れたりもする…。
目に焼き付けるだけだといつか忘れちまうかもしれねえが…、そういう形でよ、残していきゃまたいつでも思い出せるだろ…。出会う主人公皆に変身しちまえよ。思い出の中なら、俺様も、きっと死なねえ……」
「金太郎、おい、嘘だろ!?お前そんなとこで死んだり……」
瞼に触れ、そっと閉じてやると世界が壊れる音がし始めた。
「…わかったよ、金太郎。オレ、お前とか色んな奴らの姿借りてさ、全部の世界で主人公になってやるよ。そうすりゃ……」
――復讐。
グロムは金太郎の世界にやって来た時、オレと交戦しようとした際にこんな事を言っていた。
「アルジ・キミヒトォ!お前は両親の行方を探すために我が社へ入社したそうじゃないか。カッカッカッカッ!
そのモルモットどもなら、随分前に実験という名目で死んでもらったわァ!カーッカッカッカッカッ!!」
悔しかった。
指一本一本が折れても構わないぐらい力強く拳を握ったが、それはキャストパスに手が伸びないぐらいに震えていた。
怒りよりも、全身を駆け巡ったのは喪失感から来る強い哀しみ。
とても戦おうなどという精神状態にはなれなかったことが、あの感情が今でもこびり付いている。
(あの時、立ち向かえていたのなら金太郎を犠牲にすることはなかったんじゃないのだろうか……)
出会ってから一ヶ月近くは共に過ごしていただろうか。
ランダムディメンションで飛んだ先、暗い大雨の山中で泥をも啜り、這ってでもとにかく前へ進み続け、やがて気を失ったところを助けられたことから始まった。
戦う力が欲しいと修行を志願したはいいものの、それはもう毎日が大変だった。
ドレスアッパーで着替えた道着はいつもボロボロ。木々の飛び移り方や火起こし、体術やら色々と詰め込みで教えてくれた。
指導中は確かに厳しかった師匠だったが、普段は優しく、食事に困らないよう修行の合間に食材を掻き集めてもくれた。
彼が居なければ今のオレは居ない。
家族とその金太郎の仇を取ることもまたオレの復讐の一部にもなっていた。
…………だからこそ、こんな所でまだ死ぬつもりはない。
それに、大事なキネシスだって必ず助け出す。
エネルジオプティマスが秘密裏に立てていた、ブックワールドの住民の思考を掌握して身体諸共資源化するクソみたいな計画を阻止し、前に進み続けるために。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――遠くからオレを呼ぶ声がする。
「――目、覚めるになった。おはよう、アルジ」
「デビ…子、か…?」
此処は、病院みたいなベッドの上……か。
此処以外にも、5つほど同じベッドが白い布製のパーテーションを挟んで等間隔に設置されている。見えている範囲では、凍り付いた人魚のような何かで病床は全て埋まっているように見える。
自身の肘と刺された腹部には包帯が巻かれていた。
(キネシスは……、声も聞こえない。まだ、操られたままなのだろうか)
「ここはね、『王国マリネリア』が運営している病院で、王室専用の大部屋、に昔からなってる」
「んじゃ、ここは……」
窓際だったのでよく見える。
視界いっぱいの色とりどりの珊瑚とイソギンチャク。
道路沿いには花壇の花のように海藻が生え、ヒトデの串焼きなどといった味の想像がつかない料理の露店が幾つか並んでいた。
海底なのに港町のような、何とも不思議な光景にまだ現実味を感じられないでいる。
デビ子は、水色の病院服姿をしたオレの前にある大きな窓の前で浮き沈み、時々無邪気に一回転したり。
……そういや、まだ浦島の世界で飲んだ水中呼吸用カプセルの効果が残っていたか。
発明は成功だったと改めて言えるが、丸一日持続するとはいえ効果が切れる前に追加で飲もうとベッドサイドの荷物に手を伸ばす。
「……欲しいなら、代わりに取る、になりますよ。アルジ」
「悪い、助かった」
キャストドライバーの傍らに置かれていたキャリーカプセルを取ってもらい、追加分のカプセルを海水ごと飲み込む。
(ぐええ、察してはいたが塩っ気がやばい)
「――ほう、目が覚めたか。地上で娘が世話になっていたそうだな」
煌びやかな王冠を被り、白髪と白髭が繋がったような筋肉質の人魚がSPのような黒服サングラス姿の人魚を複数引き連れて入室してきた。
「お初お目にかかります、アルジ・キミヒトです」
「ほうほう。娘のお友達が気を失っていると聞いて駆け付けたが、中々礼儀正しい若者じゃないか」
エネオプ時代の社内マナー研修が初めて役に立ったと思う瞬間だった。
「パパ、ごめんなさい。15歳の儀式の最中に行方をくらまして……」
カタコトキャラのあのデビ子がマトモに喋っている…だと。
「ああ、おかげで制止も効かずにデヴィガイオを探していた5人のお姉さんが皆カチコチだ」
怒っているような様子というより、不安な感情が見える王様の震える左手の拳。
(海中であの化け物にやられたのか……)
「お言葉ですが王様。デビ子…、じゃなかった、娘さんのデヴィガイオは地上で人命救助をするなど大手柄でした。姉妹が凍った原因につきましても、当方が解決する所存で――いッ!」
まだ怪我が痛む。
「上で何者かにやられたのだな」
「はい……。こうしている間にも、大事な相棒に何かあってからではと気が気でなく」
「ともかく、今は休め。万全でない時に何かを為そうとても、どうにも成らん。…デヴィガイオ、看病を頼めるか。彼が無理をしないように、な?」
慰めるようにデビ子の頭を優しく撫でたあと、王様は部屋を後にした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――は、ここは……?」
目を覚ましたキネシスは四肢をY字の楔で固定され、大の字姿で身動き出来ずにいた。
(あの時、意識が急にフワフワして……。くっ、意識は戻ったのに身体が言うことを聞かない……!?)
ここは何処だろうか。
切り立ったような氷の壁に四方を囲まれ、天井はかまくらの中のようなドーム状をしている。
――――そして目の前には、先程洗脳を仕掛けてきたあの女性型の魔物の姿が。
「ここから離して!」
「いいえ、もう逃がさないわ。わたくしだけの、カイ」
「カイじゃなくて、キ~ネ~シ~ス~!!」
顔は俯き、目線はこちらを向いていない。
けれど声のする方に反応しているのか、迷わずわたしの目と鼻の先まで迫ってきた。
……すると、急に両手を顔に近付けてきたので反射的に背けようとする。
「暴れるな、カイ」
せっかく名乗ったのに無視された。
拘束されているキネシスは抵抗出来ず、そのまま顔を探るように触られている。
(もしかして、盲目……?)
恐怖と冷静さが入り混じる感情で指先と手の平による感触を確かめられている。
「やっぱり、カイは顔が良い。良いわ……」
血塗れの表情が頬の前まで来ると、突然右の頬、そして耳、脇の下にへそ周りに至るまでねっとりと舐め始めた。
「やめ…て……!」
引き剝がそうと顔を動かすも、首元を右手で掴まれ拘束が強くなるばかり。
「はぁ………、カイ、わたくしだけのカイ……」
「ふぅー、うぅ、うっ、くふぅ…!?いや、嫌……。それは、ほんとうに……!」
次に左手が水着越しに乳房に触れると、それを乱暴に揉まれる。
(辛いよ……。アルくん、早く助けに――)
渦巻く嫌悪感に苛まれ、心底泣きたくなってくる。
わたしの心の悲鳴は、居場所が分からないアルくんには当然届かない。
……いま視界を支配しているのは、初対面とは別人のように息を荒くしている魔物のような女だけ。
「カイ……」
恍惚の表情を浮かべるその化け物女は顔を離したかと思うと、今度は唇に顔を寄せ始めた。
アルジの笑顔が脳裏に浮かんだ。
(だめ、もう、無理………)
――――「女王様!お食事の用意が出来ました!死にたての、新鮮なニンゲン肉でございます」
「ころすぞ、”ゾーコ”」
「アッ、ヒャイ!!」
ゾーコと呼ばれた氷の鬼のような怪物のお陰で離れると、振り返って手を探るように前へ突き出しながら氷のテーブル上に盛られた遺体の前へ移動する。
「カイとの至福の時間を邪魔するとは、許せぬ……」
切開された腹の中から生々しい臓器を素手で引き千切ると、下品にもクチュクチュと噛み締める。
(あんなものを食べた口で、全身なめてたの……。気持ち悪い……)
強い嫌悪感から催した吐き気が上ってくる。……アイスドールだから何も出ないけど。
本来ならば、いつでもこの憑依先を抜け出して彼の精神内に戻れるのに、この女の謎の力のせいなのか上手く行かなかった。
仮に戻れたとしても先ほどの猟奇的な行動を目の当たりにしてしまったばかりに、果たしてこの身体で何をされるのかと思うと溜まったものではない。
つまり、引くに引けない状態でいる。
(本当に嫌だけど、こんなことでまだ貞操を失いたくないというか……)
一雪女として、アルジの唯一無二の存在として絶対に譲れない誇りのために、死に物狂いで抗う道を選んだ。
――――――――――――王立マリネリア総合病院―――――――――――――
オレは海藻やらが綺麗に刈り整えられた中庭まで、デヴィガイオと看護師人魚の制止を無理矢理振り切ってやってきていた。
「無理しちゃダメってさっきパパが!無理するにならないで!」
「オレには何となくだけど、キネシスが苦しんでいるのが分かるんだよ!やっぱり、ジーっとしていてもどうにもならねえ!――はい、カプセルハウスのロック解除~!」
両親の失踪が原因でロックが掛かり入れなかった家。
お守り感覚で幼少期から手放さずに持ち歩いていたが、その封印は完全防水仕様のモバイルPCからのアクセスによりセキュリティを突破し、遂に所持権を自身に移動させることに成功した。
……体感10分で行けたのなら、何でもっと早くやらなかったのだろうと後悔の念が沸きあがりかけたが。
「ハウ~ス、オープゥ~ン!」
他所の世界の雑誌で見たところのカプセルトイの容器程度のものを中庭中央に投げると、それは地上での二階建て一軒家サイズまで瞬間的に膨張した。
投げた時の衝撃を感知することで全体が光子変換化され、元の大きさに戻る仕組みだ。
内部はブックワールド上空を守っていたシールドの仕組みを応用されており、外界とは完全に遮断しているのだが、無限燃料である光子力の発電設備により全機能が維持されている。
「びっくり、になってます……はい」
現在の海底文明では到底追いつけない領域の技術力を見せつけられて困惑しているデヴィガイオをよそに、傷口が開かないようにゆっくり中へ入っていく新しい家主。
「お帰りなさいませ。アルジ・キミヒト様、認証成功」
許可の電子音声に続いて上下扉が開く。
入ると自動的に点灯され、帰ってきた感覚が全身に染みてくる。
(発明室は…、見つけた。アクセスしやすくて助かるな)
カプセルハウスは常時水平が保たれるよう、内部の装置で移動等の動きに合わせて中身も回転する構造だ。
玄関を通過してすぐに目的の部屋を見つけてドアを開放すれば、数々の開発機器や作業工具類、4枚のディスプレイ、意識検知型全自動ドリンクサーバー等に囲まれたロマンくすぐる空間が記憶そのままの形で残っていた。
「これは…」
エネオプの倉庫で偶然見つけた写真の人物よりも年数が経ったような笑顔の男女二人、赤ん坊を抱きかかえている姿がブックワールドにあった噴水公園の花畑を背後に写っている。
そんな一枚の写真が木製のフォトフレームでPCデスクの隅に飾られていた。
懐かしい気持ちになったが、今は悠長にしている暇はないと言わんばかりにそのPCを立ち上げると直ぐに設計図の作成に取り掛かりながら、室内の資材生成AIパネルに部品パーツの注文を指示していく。
(取り敢えず近距離・中距離両用の武器と…、ついでに何かパワーアップアイテムが作れれば……)
キャストドライバーに追加で取り付けるのか、キャストパスの機能を拡張するアイテムにするのか武器開発の作業を進めながら迷っていた。
「汎用面で言うならパス側の方が良いか…」
あの(敵の方の)氷の女を倒せる力を……。
安直に炎の属性付与をと思ったが、そのような構造に必要なメイン材料は生成出来ないとAIで確認したので断念。
(属性ではなく、変身後の姿に対して形状変化を加算するのは……?――材料的に行けるな!)
キーボードを打つ手が止まらない。体の痛みもこの集中力の前では無いも同然。
「待ってろよキネシス。徹夜してでも助けに行くからな!」
――――――――――――――――翌朝。 ―――――――――――――――――
遥か上の水面を貫く陽の光がマリネリアに朝を知らせている。
「よっしゃ出来たぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
デスクチェアの足元にはエナドリ缶が2~3本転がり、デスクには二つの完成品が鎮座している。
武器の方は光の粒子状にしてキャストパスに取り込み、『チェンジスラスター』というアプリ名に設定した。
一方の強化アイテムはキャストドライバーの帯に専用ホルダーを装着し、そこへ取り付けた。
「二度目のおはよう、になったなアルジ。……あのー、ひどい隈が」
当然のように完徹。
病院服を脱ぎ捨て、外が海中であることを忘れていつものオフィスカジュアル姿を見せた。
「――気 に す る な」
「分かった…、になったよ。あまり無理にはならないでね」
カプセルハウスをリサイズして収納すると、心配そうにしているデヴィガイオを連れて中庭を後にした。
……何なら、病院の敷地外まで出てきた。
「――――休め、と言ったはずだがな、アルジ・キミヒト君」
「まさか…、国王!」
SP人魚が列をなし、その中央には昨日お見舞いにきていた国王の姿が。
「事情は先日聞いている。大事な相棒、だったな。そこにシーホースを用意したから、地上まで乗っていくといい」
「……恐縮です」
流石に王国のトップ相手には礼儀を守る男。
シーホースと呼ばれた二匹の大きな黄色いタツノオトシゴの背中には紐と馬鞍が巻かれている。
まさに海馬。
「パパ。足手纏いになるかもしれないけど、それでも、アルジの力になりたい。……一緒に、戦いたい!」
覚悟の決まった目をしている。今のデビ子は頼もしく見えた。
「行くだろうと思ってた――デヴィガイオ」
国王は手を打ち鳴らすと、列の向こうからSP人魚が金色の三叉槍を持ってきた。
「海神槍トライデントだ。本当ならデヴィガイオの代わりにその戦場へ行ってあげたい。だが、パパは国王だ。国を空けることで国民を不安にさせるわけにはいかない。アルジ君の手助け、頼んでもいいか?」
「うん!」
デヴィガイオは王国マリネリアの宝を受け取ると、元気に返事をした。
(父親の前だとやっぱ普通の話し方になるんだなあ)
「向かう、となろう。アルジ!」
「おう!」
トライデントを高く掲げるデビ子に呼応するアルジ。
シーホースに跨り、地上へと出発した二人の影を見送る、国を背負う一人の父親の背中。
「良い友達を得たな、自慢の我が娘よ」
今日もマリネリアの朝は爽やかに始まった。
――――「来たな、雪の女王!」
――――「オオカミが出たぞぉぉーーー!!」
――――「うぽぉぉぉぉおぉぉぉん」




