十月二十二日
暗がりの中でふと目が覚める。六時五十三分、アラームよりも先に起きてしまった。
連日冷え込んでいたのに、打って変わって今日は暖かい。冬場は朝が寒い日よりも暖かい日の方が雪や雨になりやすいらしい。雲が厚いと放射冷却かなにかが抑止されるとか。中学の時に理科の先生が言っていたのを覚えている。
もっとも冬場限定らしいから、十月二十二日の今日にもその法則が当てはまるか知らないけれど。
煩わしいアラームが鳴る前に切ってしまい、纏わりつく眠気を振り払って起床する。遮光カーテンを開くと、案の定外は暗い曇天だ。今にも雨が降りそう。
駅まで歩いている最中に、ついぞ雨が降り始めてしまった。嫌なことばかり現実になってしまうものだ。実際に期待通りになってばかりいる日常があったとしたら、それはそれでつまらないだろうけども。
兎にも角にも今日は部活がオフなことが幸いだ。
部活が無い分だけ早く自由時間が得られた私は予備校に向かい、現代文の読解の自習を行うことにした。参考書の第五回目の題材は芥川龍之介の羅生門だ。
問題を解くこと自体はすぐに片づいてしまったが、しばらくこの作品を考察してみる。
職を失い食うに困った若者はもはや盗みを働くしか無いと感じていた。彼は羅生門に登り、死人の髪を集める老婆と出会うのが物語の始まりだ。老婆は死人の髪をめ売ることで生活しており、門を上がった先にはたくさんの死体が転がっていた。正義感から若者は老婆を押し倒して非難するも、老婆の主張に折れてしまう。最後には若者は老婆の盗みを正当化する考えを自身で実行することにして、老婆の着物を剥ぎ逃げ去るのだ。
生きるための悪は正当化されるのかをテーマに据えた物語、と一般に解説される。暗いシーンで始まり、老婆を糾弾するシーンで盛り上がり、また暗くなる。この芥川らしい作風は私の好みではなかったが、死体-老婆-若者と繋がっていく「生の営み」は、人間の深いところの何かが結びつくような感じで趣深い。
らしくもなく非論理的で哲学的な思索をしてしまったが、そろそろ次の問題に進まなくてはならない。
ひとつの問いを残して、新しいページを捲る。
もし私が生きるに困る状況に陥ったとすれば、若い下人のような悪業に手を染めるのだろうか――




