壊れた龍脈よりの雨
手水の龍の姿が真っ黒になっている。
立身出世にきく、という水神を祀る、古い神社に、自分は詣でていた。
しかし……思っていたよりも、この神社の荒れようは、酷い。
狛犬の代わりの蛇の像の一つには、その頭が無い。
もう一つには……眼に金銀の色がついたまま……踏み掴んでいたであろう、宝玉が、腕ごと……抉り取られたように……、無くなっている……。
奥の無人の社殿には闇ばかりが広がり座している。
「これが、パワースポット……」
知る人ぞ知る、と、SNSで勧められた場所が、この水天宮だった。
効く、確かに職場が良くなった、と写真付きでこの神社が喧伝されていた。
誰とも判らない、眩しい笑顔のアイコンの人物に向かって、自分は呟く。
「怒りに、充ちている。お前の願いは、叶えられたんじゃ、ないんじゃないか、これは……」
霊感、シックスセンス、等と呼ばれるものに恵まれていない自分にすら、一目瞭然に解ることだった。
しかし、社殿を前にそんな事は、とてもじゃないが、自分には言えない。
ーーどう、したら、いい?
これは、やり方を間違えたら……危ない。根元から、危ない。いのちに、かかわる。
しかし。自分は、辛い。
自分だって、辛すぎるのだ。
ーー辛すぎるままで、放っておいて良いのか? 誰かを救えるかもしれないのにーー
「職場……仕事……」
今の職場は、腐っている。
マトモな人間ほど、病んで辞めていく。
「自分、はーー」
これは、かけてはいけない、秤だ。
然し、目の前に実在していて、確かに使える、そういった、謀だ。
計り、図る……。
出来るのか、自分に。
やって、仕舞うのか、自分は……。
ーーーーおいでなさい、辛き御子よーーーー
社殿の女神様が、迷う自分に優しくお声がけしてくださった。
自分は、決意を固めた。
黒い龍の手水からでる、不思議な湧水で自らを清める。
左手。
ああ、成る程、虫がこんなに。
女神様はお優しいから、生命を育みなさるんだ。
右手も清める。
ああ、媛様は、昔々、生け贄になられたんだ。だから、水を司りなさる。美しいなぁ。
涙流されておられるから、この水は赤茶けているんだ。
口に含む。
媛様、媛様。蛇体であらせられる。
水の底へにお住まいなのだもの、ああ、目を見張るほどに凛々しく聡明で、慈しみ深い。いつくしき、御方様であるなぁ。
湧水は少し塩辛く、鉄さびたような味わいがした。鼻には、蛇神様の、あの特有のにおいが、粘度を持ちながらゆったりと抜けていく。
自分は、湧水で口を漱ぎ、仕事着の袖で口元を隠しながら、吐き出した。
御祓を、終えましたぞ、媛様。
参道の真ん中を避け、拙はゆっくりと社殿へ向かう。
「媛様、参りました、拙、わたくしが、あなた様へ詣でますれば、必ず、必ず……」
破れかかった社殿の、何処とも知れない、御賽銭箱を想像して、其処へ、財布に入っていた有り金全部を、ぶちまける。
音が、蛇体の媛様に届きやすくあれ、と、強く思いながら。
そして、目の前に下がってはいない鈴をかき鳴らす。
「媛様、媛様。拙は東京が江東区の工場にて働きます、水田 晶にて御座います。居所は、同じ江戸の、吾妻の、川端で御座います」
……あ、媛様が、笑っておられる。拙は媛様に見付けて頂けた……
「仕事場にて、非道を為す輩が上に据わりて威張り居ります。皆、平らかに豊かに仕事を出来ますように、と御願い申し上げます、その願いの為ならば、拙はなんでも、致しますゆえ」
二礼し、柏手を、二度、うつ。
「尊き御方、水の媛君さま」
一礼を、する。
ーーーー雨が、俄に降りだしたーーーー
「ああ、嗚呼、媛様、媛様!!」
雨を避けられる程に、自分の職場は離れてはいない……!!
「降る慈雨に 救われよ、ひと、善きひとよ! 悪しきは薙がれ 恵みあれかし!!」
祝詞かと疑うほどに、自然に自分の口から、和歌のようなものが出てきた。
自分の願いは、神様に承けられた。
もし、本当に職場が変わっているのを確認できたなら。
自分は御礼を申し上げるため、ふたたび、この神社を訪れるだろう。
蛇体であらせられる、比売神さまに、より判りやすいよう、強い匂いのする供物を捧げるため、土産物をいくつか見繕って。
こわぁい、と思ったら☆をともしてね★
死んでしまった自己肯定感がちょっと快復シマス