表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第6話 自分でいるってなんだろう

放課後、駅までの道を歩いていたら、後ろから「あなた」と声をかけられた。

「……あなた?って、私のこと?」

振り返ると、やっぱり蒼介だった。

相変わらず、しっかりと制服のボタンを一番上まで留めている。

彼はまっすぐにこちらを見ていた。

だけど、やっぱりどこか遠くを見ているみたいな気がした。

「ねえ、私は葵っていう名前があるんですけど」

「すみません。咄嗟に名前が出てこなくて」

「いやそれさぁ、私のこと覚えてないとかじゃなくて、もはや人類って意味で呼んだでしょ」

「ええまあ。昨日、観測者として少し面白い動き方をしていたので」

「……はあぁ?」

私は思わず笑った。

彼の言うことは、いちいちわけがわからない。

でも、時々ちょっとだけ刺さる。

――そしてなぜか、途中で引き返す気になれない。

「昨日の放課後、購買の前で立ち止まって自分の靴をあんなにじっと見ていたの、あなたぐらいでしたから」

「え、そんなところ見てたの?こわっ……」

「靴って、その日の一番最初に自分の意志で選ぶものじゃないですか。選んだことすら忘れてるのに、足元でずっと一緒にいる。それをあんなにしっかり確認するなんてなんか、面白いなって」

なんだそれ。

でも確かにその日、私はいつもと違う靴を履いてた。

玄関先で何となく『こっちじゃない方』を履いて、そのまま出かけた。

それって、本当に自分の選択だったのだろうか。

「……私らしさって、何だろうね」

ふと口をついて出た。

道路脇の段差に腰を下ろす。

彼は少しの間だけ、じっと立ったまま黙っていた。

そのあと静かに隣に座る気配がして、私は少しだけ姿勢を直した。

「『私』という記号は、主観が集まって形をなしたものです。過去の選択、この瞬間の反応、他者からの認識、それらすべての継ぎ接ぎが『私』です」

「……またそういう言い方する〜」

笑って返したけど、心の奥のほうでは、妙に納得している自分がいた。

「でもそれってさ、見方を変えたらめっちゃ他人に依存してるってことじゃない?私の中に、誰かからの見方が混ざってるってことじゃん」

「そうですね」

蒼介は、そう言って少しだけ目を伏せた。

「じゃあ、自分でいるってどういうこと?」

その問いには、たぶん答えがないんだろうなと思った。

でもそれでも一緒に考えてほしくて、ついぽろっと聞いてしまった。

彼は少しだけ考えてから、言った。

「……他人に同化されずに、言語化できないものを持っていること。それを、壊さずに持ち続けること。かもしれません」

その言葉は、まるで自分自身に向けているようにも聞こえた。

「蒼介は、それあるの? 壊さずに持ってるもの」

彼は何も言わなかった。

でもほんの一瞬だけ、空気が止まった気がした。

私はそこに気づかないふりをして、カバンからジュースを取り出した。

さっき、たまたま買ったやつ。

「はい。これ。のど乾いたでしょ?」

「いえ、特に」

「いーから! もらっといて」

無理やり押しつけたペットボトルを、彼は一瞬戸惑ったあと、静かに受け取った。

キャップを開けて、一口だけ飲む。

「……炭酸、苦手なんです」

「うそっ、そうなの?じゃあ次からメロンソーダはやめとく」

蒼介は、それには何も言わなかった。

だけど多分、ちょっとだけ笑ってた。

風が吹いて、制服のスカートがかすかに揺れた。

私たちはそのまま、しばらく何も話さなかった。


まだ名前のついていない感情だけを、胸の奥にそっと隠していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ