ハウフォード公爵家(4)
キャサリンのノエルに関する惚気話を一通り聞かされ、微笑ましい気持ちと若干の疲労感を抱えたところで、ようやくセドリックとエレノアは公爵夫妻に呼ばれることとなった。キャサリンは最後まで名残惜しそうしていたが、「また学園でお会いしましょうね、キャサリンさん」というエレノアの言葉に満面の笑みで応じ、朗らかに手を振りながらその場を後にした。
セドリックは小さくため息をつきながら、
「あいつは昔から元気すぎてな。疲れなかったか?」
とエレノアに尋ねる。
「いえ、とても可愛らしい方ですね。もし、あんな妹がいたら毎日が賑やかで楽しいでしょうね」
エレノアがそう答えると、セドリックは少し肩の力を抜いたように微笑み、
「まあ、賑やかなのは確かだ」
と苦笑を浮かべた。
案内されたのは、重厚な装飾が施された応接室とはまた趣の異なる、静謐な雰囲気が漂う書斎だった。公爵夫妻はすでに席に着いており、優雅な所作で二人を出迎える。
「初めまして、エレノアさん」
セドリックの母である公爵夫人が柔らかな笑みを浮かべ、エレノアに声をかけた。その隣で公爵が静かに頷く。
「初めまして。このような機会を設けていただき、光栄です」
エレノアは一礼しながら丁寧に挨拶をする。その所作は端正でありながらも堅苦しさはなく、公爵夫妻はそれだけで好感を抱いた様子だった。
挨拶が終わると、会話は主にセドリックの幼少期の話や学園での様子に移った。公爵夫妻が昔話をするたびに、セドリックは「もうその話はやめてくれ」と控えめに制止するものの、エレノアは「もっとお聞きしたいです」と微笑みながらその話題に付き合った。彼女の柔らかい態度は、緊張感を和らげ、公爵夫妻との距離を自然と縮めていった。
ふとした瞬間、公爵が腕を組んだ際に袖口から覗いたカフスボタンに、エレノアの目が留まる。
「素敵なカフスボタンですね。失礼ですが、そちら、魔道具ではありませんか?」
と控えめに尋ねた。
公爵は驚いたように目を見開く。
「これは知人から譲り受けた特注品だが、よくそれが魔道具だとわかったね」
エレノアは、少し考え込むような仕草を見せた後、
「細かな魔力の波動を感じました。もしかして、防御系の魔法が込められているのでは?」
と推測を述べた。
「その通りだ」
公爵はますます感心した様子で頷く。
「防御の魔法がかかっているが、最近少々効力が落ちている気がしていたところだ」
「もしよろしければ、拝見しても?」
とエレノアが申し出ると、公爵は躊躇うことなくカフスボタンを外し、彼女に手渡した。
エレノアはじっとそれを観察し、魔力の流れを感じ取ると、
「おそらく魔力の結晶部分が少し劣化していますね。簡単な補修で元通りになるかと」
と言い、その場で手早く修繕を施した。数分後、カフスボタンは元通りの光を取り戻し、公爵の手に戻された。
「驚いたな……。ここまでの魔道具の知識と技術を持っているとは」
公爵が感嘆の声を上げると、公爵夫人も続けて、
「エレノアさん、あなたは本当に素晴らしい方ね。セドリックが夢中になるのも納得ですわ」
と満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます。ただ、これくらいの修繕なら誰にでもできますので、大したことではありません」
エレノアが控えめに答えると、公爵夫人は首を振った。
「いえ、貴族社会で必要な知識だけでなく、これほど実用的な能力までお持ちだとは……セドリック、エレノアさんと絶対に結婚するのよ」
夫人のその言葉に、公爵も深く頷いた。
「確かに。彼女以上の相手はいないだろう」
セドリックは、心の中で「今さら言わなくてもそのつもりだ」と苦笑しつつ、エレノアをちらりと見た。その横顔は堂々としており、改めて彼女の存在の大きさを実感するのだった。
こうして、エレノアの公爵家での挨拶は、無事に、そして華やかに終えることができた。二人は公爵家から正式に恋人としての立場を認められ、互いに新たな未来への一歩を踏み出す準備が整った。周囲の反応や貴族たちの期待を背に、セドリックとエレノアは今、確かな絆で結ばれていると実感していた。