ハウフォード公爵家(3)
「もしかして、私って結構イケてるのかも!?ねえ、お兄様も、私のこともっと褒めてよ!」
「調子に乗るな」
セドリックが呆れながらも苦笑を浮かべる。
「もう、なによぅ!」
キャサリンが不満げに口を尖らせた。
「こういう時……ノエルならいっぱい褒めてくれるのに!」
その名前を聞いた瞬間、セドリックの眉がピクリと動いた。セドリックは普段、キャサリンから社交界の噂話や友人たちの逸話を聞くことが多く、彼女の話を微笑ましい気持ちで聞いていた。しかし、今回「ノエル」という名前が口にされたのは初めてだった。
「……ノエル? もしかして、ノエル・ウィンチェスター嬢のことを言ってるのか?」
キャサリンはその問いにキョトンとした表情を浮かべたあと、すぐに手を叩いて笑った。
「そうよ!お兄様も知ってるでしょ、ノエル!ノエル・ウィンチェスター!」
セドリックは小さく息を吸い込む。学園で「ノエル・ウィンチェスター」といえば知らない者はいない。その不明な出自と高貴な立ち振る舞い、そして類稀なる知性から、彼女は一部の生徒たちから「本物の王女殿下では?」とまで噂されている存在だった。そんな彼女とキャサリンが仲良しだと言うのか?
「意外だな……君とノエル嬢が仲良しだなんて」
セドリックは半信半疑といった様子で呟いた。
キャサリンは少し得意げな笑みを浮かべた。
「最初はね、ノエルってすっごく孤高な存在で、近寄りがたい雰囲気だったの。でも、ある時ひょんなきっかけで助けることになって――まあ、その辺の詳しい話は置いといて!」
「いや、そこが一番気になるところなんだが」
セドリックが小さくため息をついたが、キャサリンは気にする様子もなく続ける。
「それから、仲良くなったの!ノエルはすっごく頭が良くて、あの高貴な雰囲気も素敵なのに、社交や流行りには全然疎いのよ。お話をする前は『完璧な令嬢』っていう感じだったのに、そのギャップがまた、たまらないのよね。うふふ。それで、私が彼女にいろいろ教えてあげてるの!」
エレノアはその言葉に微笑みを浮かべた。
「キャサリンさん、きっと教えるのがとても上手なのですね。ノエルさんも感謝しているでしょう」
「でしょ?」
キャサリンはますます得意げな顔になり、
「ノエルってね、本当にすごいの。私がちょっと教えただけですぐに覚えちゃうし、完璧にこなすのよ!それに比べて、私なんか魔法学が苦手で……。でも!」
キャサリンは指を立てて言い放った。
「最近ノエルが私に魔法学を教えてくれるの!彼女って魔法学が本当に好きで、いつも魔法学の本を読んでるのよ。お兄様みたい」
その言葉に、セドリックは軽く眉を上げた。
「俺みたい?」
「そう!でもね、ノエルの方が何百倍も素敵なんだから!」
キャサリンは茶化すように笑い、手を振った。
「そう言われると、なんだか複雑だな」
セドリックは少し苦笑しながらも、そのやり取りの中にどこか懐かしさを感じていた。
キャサリンは昔から魔法こそ苦手だったが、社交や人とのコミュニケーションの能力に関しては天性のものを持っていた。幼い頃から周りの人々に囲まれ、いつも明るく、誰とでもすぐに打ち解けるその姿に、セドリックは時々羨ましささえ覚えたものだ。
「でも、確かに君ならノエル・ウィンチェスターのような相手ともうまくやっていけるだろうな」
セドリックは静かにそう言った。
エレノアも微笑みながらキャサリンに目を向けた。
「キャサリンさんのような方がそばにいるなら、ノエルさんもきっと心強いでしょうね」
「ふふん、そうでしょ!ノエルってば、本当に私のことを頼りにしてくれるのよ!私、ノエルのこと、とっても大事に思っているの!毎日、好きな気持ちを伝えているわ!」
キャサリンは嬉しそうに胸を張った。
セドリックとエレノアはそんなキャサリンの無邪気な姿にほほ笑み、応接間には再び穏やかな空気が流れ始めた。