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ハウフォード公爵家(1)

 深い緋色のカーテンが大窓から漏れる光を優しく遮り、温かみのある光がハウフォード公爵家の応接間を包んでいる。壁一面には緻密な刺繍のタペストリーが掛けられ、王家に匹敵するほどの格式高さを漂わせているが、どこか居心地の良さも感じさせる空間だった。


 エレノアはふと胸元を軽く整えながら、緊張しつつも堂々とした態度でソファに腰を下ろしていた。その隣ではセドリックが少し落ち着きなく、エレノアの様子を窺っている。


「緊張してる?」


 セドリックが控えめに問いかけた。


「少し……でも、当たり前ですよね。婚約者のご両親への初めてのご挨拶ですもの」


 エレノアははにかみながら答える。その落ち着いた声に、セドリックは内心少し驚いていた。


「だといいんだけど……僕の家族の前だと、どうしても堅苦しい感じがするから」


「確かに、格式高いお家という印象を受けますが……それでも、あなたがいれば安心ですわ」


 エレノアがさらりと言葉を添えると、セドリックの耳はわずかに赤くなった。


「そう言ってもらえると、少しだけ救われる気がするよ」


 そのぎこちなさが微笑ましくて、エレノアはわずかに口元を緩めた。彼の人柄に触れるたび、かつてのヴァニエルとは違う誠実さと温かさを感じずにはいられなかった。


 一方、彼女の向かいに座るセドリックの表情は、どこかほっとしたような穏やかさを帯びており、彼はエレノアを公爵家に連れてこられた喜びを胸の内で反芻していた。自分がどれほど熱心に婚約を望んだか、そしてその結果として今ここにいることを改めて実感しているのだ。


 セドリックの両親――ハウフォード公爵夫妻が、息子とエレノアの婚約を受け入れるまでには、それなりの議論があった。公爵夫妻は元来厳格な性格であり、特に家柄や身分には慎重だった。そのため、セドリックが平民出身のエレノアとの婚約を申し出た時、夫妻は困惑を隠さなかった。公爵家は代々続く名門であり、その婚姻は常に家名を重んじたものでなければならない。


「セドリック、本気で言っているのか?」


 父である公爵が問い詰めるように尋ねた時、セドリックは真っ直ぐに答えた。


「はい。本気です」


 これまで見合い話に一切興味を示さなかった息子が、ここまで強い意思を見せることは珍しいことだった。しかし、だからといって、すぐに納得するほど簡単な話ではない。公爵は難しい顔つきになる。


「だが、彼女が平民であるという事実は、決して無視できない。お前は、ハウフォード公爵家の跡取りとしての責務を、しっかり理解しているのか?」


「セドリック、あなたの熱意は理解するわ。でも、家の名誉というものは、軽々しく語れるものではないのよ」


 母である公爵夫人が厳しい口調でそう告げた時も、セドリックは一歩も引かなかった。


「彼女はただの平民ではありません。知性と誇りを持ち、誰にも負けない芯の強さがあります。彼女なら、ハウフォード公爵家にふさわしい伴侶となれると信じています」


 セドリックは、エレノアがいかに聡明で、理知的で、気高い女性であるかを説得し続けた。


 セドリックの熱意は夫妻の心を動かした。何より、あの寡黙で女性に無頓着だった息子が、これほど強く誰かを望む姿を見たのは初めてだったのだ。これまで数多の見合い話を断り続けてきた彼が、「エレノアと婚約したい」と熱心に訴えたのだから、夫妻にとってはまさに青天の霹靂だった。


 さらに、婚約にあたり、エレノアの後見人を王弟である学園長が務めると聞いて、夫妻の態度は大きく軟化した。学園長は王弟であることからも、ハウフォード公爵家と深い繋がりを持つ人物であり、その言葉には大きな信頼が置ける。その学園長自身が「エレノアは学園にとってかけがえのない逸材だ」と明言したことで、彼女の才能と人格への評価が明確になった。公爵夫妻はその後も念入りに調べたが、エレノアの優秀さは学業成績だけでなく、学園生活全般において際立っていることが確認された。


 学園長はセドリックに向かってこう言ったという。


「あの娘はこの学園の…いや、この国の宝だ」


 学園長はそうきっぱりと言った後、少し苦笑してこう付け加えた。


「正直に言えば、彼女が以前関わっていた男…ヴァニエルと言ったかな…彼のことはあまりよく思っていなくてね。エレノアのような素晴らしい女性にあてがうには惜しいと思っていた。だが、君にならエレノアを託せると思う。しっかりと守りなさい」


 セドリックはその言葉を聞いて、自分の選択が間違いではなかったことを改めて実感した。エレノアが特別な女性であることを、学園長も認めている。それは、自身の感情を正当化するには十分な理由だった。


 もっとも、エレノア自身は、その話を聞いても微笑むだけだった。「さすが学園長、いつも人の背中を押してくださるわ」と短く感想を述べただけで、特別驚いた様子も見せなかった。彼女の堂々たる態度は、セドリックにとっても一種の安堵をもたらしていた。どんなに大きな局面においても揺るがないその姿勢に、セドリックはより一層彼女に惚れ直した。


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