ヴァニエルの後悔(8)
翌々日、目を覚ますと、体はだいぶ楽になっていた。疲れがまだ少し残っているが、もう問題ないと自分に言い聞かせながら身支度を整える。一昨日のバルドとの会話が頭をよぎり、少しだけ気持ちが前向きになったような気がした。
酒場に向かう道を歩きながら、胸を張って歩く自分を感じた。いつも通りのルーチンだが、今日は少し違う。自分の中で変化が起きている、そんな気がした。
「ヴァニエルさん!まだ休んでないんですか?」
と、心配そうにマリアが近づいてきた。
「もう大丈夫だよ、心配しないで」
そう言うと、彼女は少し安心した表情を浮かべたが、すぐにまた顔を赤らめ、手をもじもじと合わせながら言った。
「あの…ヴァニエルさん、今日シフト終わったら、お時間ありますか?」
彼女は、言葉が続かず、顔を赤くしながら視線を下に向けている。
その様子に、少しドキッとするが、慌てて取り繕いながら答える。
「もちろん、時間は空いているよ。…もしよければ、僕と一緒に夕食を食べに行ってくれるかい?」
「は、はい!ぜひ!あ、ありがとうございます!」
マリアは顔を真っ赤にして、嬉しそうに小さく跳ねるように反応した。その背中を見送りながら、改めてマリアを夕食に誘ってよかったと思う。彼女が恥ずかしがっている姿が、なんだか可愛らしく感じられた。今日はきっと、楽しい時間になるだろう。
その後、仕事をしながらリリアーネの様子を見ていると、何やら雰囲気が変わってきていることに気づいた。あの時、マリアを庇って立ち上がったからか、他の女給たちとの関係も少しずつ改善されてきているのだろう。以前とは違って、少し穏やかな表情が見える。
ニヤニヤした顔をした女給が、何かをリリアーネに渡す。リリアーネはその紙を受け取ると、少し照れくさそうに顔を赤らめながら、それをバルドに渡しに行く。その顔が真っ赤だ。
「別にアンタなんか……なんだからね!!」
ちゃんと聞き取れなかったが、何やらリリアーネは照れ隠しに強い口調で叫び、給仕場に戻っていく。だが、その姿がどこか可愛らしく、少し微笑ましく感じられた。
給仕場に戻り、なぜか落ち込んでいるリリアーネを見て、マリア含む女給たちが何やら慰めている。呆れた顔をしながら、でもどこか親しげにリリアーネを慰めているのを見ると、少しずつ彼女達の中で変化が起きているのだろうと思った。
俺はそんな光景を見つめながら、いつも通り便所掃除に取り掛かる。普段通りの仕事だが、今日の気分は少し違った。一昨日の出来事やバルドとの会話が、何か心の中に力を与えてくれたような気がする。
掃除を終えた後、バルドに報告し、思い切って便所の改善案を提案した。
「便所なんだが、人がいなくなった後に自然と水が流れるようにしたら、もっと衛生的なんじゃないか?確か、そういう魔道具があると聞いたことがある。買ってきて設置しようか?…費用が高そうであれば、ジャンク品を修理すれば使えるだろうし、よければ俺が…」
バルドが興味深げにこちらを見ながら、
「なんだお前、魔道具とか詳しいのか?」
と尋ねてきた。その質問に、少し驚きながらも、俺は昔のことを思い出す。
あの頃、セドリックと一緒に魔道具を研究していたことが、まるで昨日のことのように蘇る。あのワクワクした気持ち、共に試行錯誤していた時の感覚が、今、再び自分の中で蘇ったような気がする。今、こうしてバルドに提案できる自分がいることに、少し誇らしさを感じていた。
「…実は、昔少し齧ったことがある」
そう言うと、バルドはさらに興味津々な顔をして答える。
「ほう、それならもっと力を貸してくれ。魔道具のこと、頼んだぞ…もし店を改善することができたら、給料アップだ」
バルドはいたずらっぽい顔を浮かべ、親指を立てる。
その言葉を聞いた瞬間、心の中で少しだけ自信が芽生えた。過去に後悔や失敗があっても、今こうして前向きに働ける自分がいることに、少しだけ満足感を感じる。
「わかった。少し考えてみるよ」
と答え、胸を張った。セドリックとの日々を思い出しながら。
「今度こそは、間違えない。」その思いを胸に、俺は静かに心の中で誓った。過去の自分を受け入れ、あの日々の失敗や後悔も、ただの過ぎた時間ではなく、これからの自分を形作る一部であると認めること。それが、今、最も必要なことだと感じている。
これまでの自分がどれだけ傷つき、どれだけ他人を傷つけてきたとしても、今、自分にできることはただひとつ。今を生き、前に進むこと。それが、これからの自分を作るための第一歩だ。
「過去に囚われることなく、これからを生きる。」その決意は、まるで鋼のように強く、でもどこか温かみを感じさせる。過去の自分を手放し、未来を切り開くための力を胸に、俺は新たな一歩を踏み出す準備をしている。
その一歩が、どんな未来を切り開くのかは分からない。でも、今、この瞬間を大切に生きることが、最も大きな力になると信じている。どんな困難にも立ち向かい、どんな過去にも後悔することなく、自分を生きる。それが、これからの俺ーーーヴァニエルの物語なのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
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次はノエルとキャサリンSideの番外編です!




