ヴァニエルの後悔(6)
目が覚めると、そこは見慣れない天井だった。周囲の静けさと、わずかな温かさが心地よかった。目をゆっくりと開けると、床の近くに見慣れた椅子があり、その上でマリアが眠りこけているのが見えた。おそらく、看病の途中で寝入ってしまったのだろう。彼女の寝顔は、どこか安心したような表情をしていたが、その眉間にはわずかな疲れが浮かんでいた。
俺は少しだけ動くと、そっと手を伸ばしてマリアに毛布をかけてやる。彼女の肩を暖かく包み込むように、毛布を優しく掛けると、マリアは無意識のうちに安心したように深く息を吐いた。
その光景を見ながら、俺はふとあの時のことを思い出す。あの炎が目の前に迫ってきた瞬間。冷徹に舞い上がる火の粉が、体を焼き尽くすような恐怖が、あの時の自分にどれほどの衝撃を与えたのかを、今さらながら思い返す。
魔法剣士として訓練を受けてきたが、それはあくまで安全な環境でのものだった。魔法を使って戦う練習はしていたが、それはすべて管理された状況で行われていた。訓練の中では、どれほど魔法を使い、どれほどの威力を持つ技を学ぼうとも、命の危険はなかった。すべては制御された状態で、技を磨いていたに過ぎない。
だが、あの瞬間、炎が自分に向かって迫った時。何の予告もなく、その火の玉が目の前に現れた時、俺は恐怖というものを初めて本当に体験した。自分の命が、ほんの一瞬で終わるかもしれないと感じたその恐怖。それが、今まで経験したどんな訓練の中でも味わったことのない感覚だった。
そして、ふと浮かんだのはエレノアのことだった。あの時、彼女もこんな思いをしていたのだろうか、と。彼女もまた、普段の生活でも命の危険を感じながら、王族や周囲の期待に応えようとしていたのだろうか。エレノアの冷徹さ、強さの裏には、こうした恐怖があったのかもしれない。そして、それに気づかずに無理を強いていたことに、今さらながら胸が痛んだ。
『俺が誰だかわかってものを言ってんのか?』
あの男の言葉が頭の中で繰り返される。
『俺はかつて、あの魔法騎士団にいた男だぞ!』
その言葉に、俺は一瞬、何とも言えない感情を抱いた。
あの男の姿を見たとき、何かを感じた。それは、過去の自分そのものであることに気づいたからだ。かつての俺。自分が「選ばれし者」であり、王族にふさわしい存在だと信じ込んでいた頃の自分。その頃の自分が、あの男とどれほど似ていたのかを、今、痛感している。
自分がかつて抱いていた野望は、結局のところ、無数の不正や横領、贈賄といった闇の取引に支えられていた。それらは、表向きは何もなかったように見えても、結局は自分を苦しめ続ける重荷となり、少しずつ自分を崩していった。
俺はその後悔を胸に、深い息を吐いた。あの時、自分が抱いていた高慢さ、それがどれほど自分を無力にしたのか。それを今になってようやく理解し始めている。
過去に囚われていた自分を、どれだけ取り戻すことができるだろうか。あの時の自分を反省し、どう生きるべきかを見つけ出す必要がある。しかし、今はまだ、その道のりの半ばにすぎないのだ。