ヴァニエルの後悔(5)
魔法が掻き消されると、男たちはその威力に狼狽し、一瞬、動きを止めた。その隙を逃すまいと、俺は力を振り絞り、手にしたモップを力いっぱい振り上げた。そして、目の前の男の剣を、音を立ててはたき落とす。
金属が床に当たる音が響き、男は一瞬、驚愕の表情を浮かべた。その剣が地面に転がる音が、酒場の静寂を破った。
「クソッ、何なんだよ、こいつは…」
男は舌打ちし、顔をしかめながら剣を取り戻そうとしたが、完全に気圧されていた。周りの男たちもそれに続き、顔を引きつらせながら後退し始める。
「こんなやつがいるなんて、聞いてねえぞ!!」
「チクショウ、覚えてろよ!!」
最後に、男たちは一言残して酒場を後にした。まだ怒りと不満を口にしながらも、もうこれ以上、対立するのは得策ではないと判断したのだろう。
静かな酒場の中で、しばらく誰も動けずにいた。だが、バルドがやっと口を開き、俺に向かって感謝の言葉を述べた。
「…ありがとう、ヴァニエル。お前がいなかったら、どうなっていたかわからなかった」
その言葉に、俺は軽く頷き、息を整える。それだけでも胸の中に少し温かいものが広がった。しかし、次の瞬間、バルドの腕の中でモゴモゴと音が聞こえた。
リリアーネだ。どうやらあの時、バルドがリリアーネを庇っていたため、彼女はバルドの腕の中に抱きかかえられるような形になっていたらしい。そのせいで、リリアーネは顔を真っ赤にして、モゴモゴと抗議していた。
「ーーーぷは!!!ちょっと!!窒息するかと思ったじゃない!!!」
リリアーネは怒ったようにバルドの腕から抜け出すと、文句を言いながらも、息をついていた。
「君が無事でよかった」
バルドは穏やかに答えたが、その言葉にリリアーネはしどろもどろになりながら返答する。
「…べ、別にどうってことないわよ!!…そ、そんなことより、あんたはどうなのよ!!」
「俺は大丈夫だ。ヴァニエルのおかげでな。ーーーマリアの為に立ち上がってくれたんだな。怖かっただろうに。君にもお礼を言わなければ」
普段は見せないバルドの穏やかな顔に、リリアーネは顔を真っ赤にして、下を向いてしまう。しばらく何かモゴモゴ言った後、
「べ、別にアンタに感謝されても、嬉しいわけじゃないんだからーー!!」
と、顔を背け、叫びながら厨房へと走り去っていった。
その後ろ姿に、バルドは困惑しながらも、少し微笑んだ。そして、再び俺の方に目を向けて言った。
「君たち兄弟には、なんとお礼したらいいか」
だが、俺はその言葉を聞きながら、視界が暗くなり、体の力が抜けていくのを感じた。魔力制御の腕輪をしながらもギリギリまで魔力を放出し、体力を使い果たしてしまったようだ。
「ヴァニエル!?」
バルドの声が遠くから聞こえたが、もう意識が保てなかった。
俺はそのまま倒れ、床に力なく身を任せた。