ヴァニエルの後悔(3)
今日もまた酒場でこき使われる日々を送っている。もはや、毎日のルーチンにすぎない。しかし、その日は違った。下働きの労働に追われながら、ふと耳に届いた激しい叫び声に、俺は立ち止まらざるを得なかった。
「――あんたたち!!! ふざけんじゃないわよ!!!!」
リリアーネの怒号が、客席の片隅から力強く響く。「あいつまた何かやらかしたのか?」と思いながら、そっと客席へ顔を覗かせた。
すると、案の定、彼女の周りにはガラの悪い男たちが取り囲んでいた。さらに、その向こうには、顔を真っ赤にして泣いている新人の女給が見えた。 名前は確か、マリアだったか?病気の弟の治療費を稼ぐため、働きにきたとか言っていたように思う。
「ここは酒場なの!! 風俗じゃないわ!! マリアが何も言わないのをいいことに、アンタたちは……!!」
リリアーネの鋭い声が、客席に向けられた。その声は怒りに震え、そして真摯な決意が込められているのが伝わってくる。だが、男たちはニヤニヤと不遜な笑みを浮かべ、嘲るように言い返す。
「何言ってんだよ?何も言わなかったら、いいってことだろう」
「それとも何か? お嬢ちゃんが相手してくれるのか?」
男たちは下品な笑い声を漏らす。だが、リリアーネは引くことなく、さらに言葉を強く吐いた。
「何度も言わせないで!!ここはお酒を飲む場所なの。勘違いすんな、って言ってんのよ!」
「勘違いしてるのはお前だよ」
男たちはリリアーネを見下ろし、さらに言葉を続けた。
「お前、ただの女給だろ?あんたが何を言ったって、誰も聞いちゃいないんだよ」
「お?よく見たらお嬢ちゃん、可愛い顔してんじゃねーか。この強気な顔を黙らせるのも一興かもな。ほら、お前、ついてこいよ」
男たちは下卑た笑みを言葉に絡め、手を伸ばしてくる。
しかし、その手を一瞬で振り払ったのは、バルドだった。
「うちの従業員に、何か?」
その声は低く、響いた。
男たちは調子に乗りながら、舌を出して言った。
「ちょっと〜〜〜おたく、従業員の教育不足なんじゃないんですか〜〜〜??」
「ちょーーーっと手が触れただけで、やれセクハラだのなんだの騒がれて、こっちはテンションダダ下がりなんですよ〜」
「どうしてくれんだよ〜、誠意を見せろ誠意を〜」
バルドは深いため息をつき、冷静に答えた。
「わかりました」
リリアーネは驚き、すぐに口をはさみかけたが、バルドはその言葉を制す。
「お代は結構です」
男たちの期待が膨らんでいくのが見える。しかし、次の言葉で、その期待は裏切られる。
「…だが、もう二度とうちには来ないでもらいたい」
キッパリとそう言い切った。
男たちはしばらく黙り込み、空気がピンと張り詰めた。