王宮でのお茶会(2)
「そういえば、あれからフロラント伯爵家は大変だったみたいだな」
セドリックが、どこか苦々しげな表情で言った。
王族への不敬罪および暴行未遂の罪で、その場で捕えられたヴァニエル。しかし、それはほんの序章に過ぎなかった。ノエルが宣言した通り、徹底的な調査が行われると、次々と余罪が明るみに出た。
「コンテストでの贈賄の時点でかなり悪質だったけれど……それだけじゃなかったのよね」
エレノアが呆れたようにため息をつく。
「横領に脱税、贈賄……フロラント家は昔からやっていたらしいな」
「王家の監査が入る前までは、上手く立ち回っていたのだろうね。まぁ、ヴァニエルの一件が引き金になったのは確かだけど」
ノエルが冷ややかに言う。
「結局、フロラント家は爵位を剥奪され、領地も没収された。今は一家そろって平民として暮らしている」
「暮らしている、というか……王家への借金を返すために、毎日肉体労働に追われているんでしょう?」
エレノアの言葉に、ノエルは優雅に紅茶を口に含んでから、軽く頷いた。
「まぁね。だって、借金がなくなるわけじゃないからね」
ヴァニエルが受け取った支援金、それに加えて違法行為が発覚した際に課せられた罰金。そのすべてを返済するまでは、贅沢どころかまともな生活すら難しいだろう。
「まぁ、ヴァニエルがまともに生きていれば、あの手紙の条件通り、借金は帳消しになったのにね」
ノエルが皮肉を込めて笑う。
エレノアも苦笑する。
「あのとき、セドリックが助けてくれて本当に良かったわ。もし、私が怪我でもしていたら……ヴァニエルは平民落ちどころじゃ済まされなかったかもしれないわね」
「最悪、処刑になってたかもしれないな」
セドリックの言葉に、キャサリンが目を見開く。
「そんな……」
「まぁ、贈賄や横領は完全にアウトだし、いつかはバレることだったんだけどね」
ノエルが淡々と付け加える。
「ヴァニエルも、昔はまともだったんだけどな……」
セドリックが遠い目をして呟く。
「権力を手にした途端、自分が特別な存在になったと勘違いしたのね」
エレノアは冷静に分析する。
「もともと、才能はあったのよ。剣の腕も悪くなかったし、努力もしていた。でも、それ以上に名誉や力を欲しがった。そして、その欲望に飲み込まれてしまったのね」
「人間、ちょっとでも権力を持つと、そこにすがりたくなるものだ。驕りや権力欲は、やはり怖い」
セドリックが静かに言うと、ノエルも同意した。
「だからこそ、僕たちはそうならないように気をつけないとね」
「ええ」
エレノアが微笑みながら頷く。
「私たちは、権力に溺れず、正しい治世を目指しましょう」
「もちろんさ」
ノエルがにこりと笑い、キャサリンの方を見た。
「キャサリンも、王妃教育…大変だと思うけど、応援してるから」
「もちろんですわ!」
キャサリンは力強く頷いたが、少しだけ不安げに眉をひそめる。
「でも……魔法学は、ちょっと難しいですけど……」
すると、セドリックが優しく励ますように言った。
「魔法学については…何もいえないが、その代わり、キャサリンの社交術には天性のものがある。そこは大きな武器になるんじゃないか?」
「そうだよ、キャサリン。足りない部分は、お互いに補い合えばいい」
ノエルもにっこりと微笑む。
「僕は、君が持っている人望やカリスマ性を、誰よりも尊敬しているよ。キャサリンの人たらしの才能こそ、王妃にふさわしいものじゃないかな?」
「え……ええっ!?」
褒められ慣れていないキャサリンは、顔を真っ赤にしながら目を泳がせた。
「まぁ、今更言うまでもないですけどね」
エレノアがくすくすと笑う。
「え、えええぇ……」
キャサリンはますます赤くなる。けれど、その顔はどこか嬉しそうだった。
「さて……じゃあ、お茶会の続きを楽しもうか」
ノエルが笑いながら、ティーカップを手に取る。
「そうね」
エレノアも微笑み、カップを手にした。
春の風が優しく吹き抜ける庭園の東屋。
穏やかな陽射しの中、四人の笑い声がいつまでも響き渡っていた。
――これからも、きっと、変わらない日々が続いていくのだろう。
未来へと続く道のりを、それぞれの隣に最愛の人を携えて。
番外編として、ヴァニエル視点のざまぁ後のエピソードを書く予定です。




