卒業パーティ(11)
「……王族の一員として、私の方から、説明させていただきますわ」
エレノアは静かに一歩前へ進み出た。その声は落ち着いていたが、会場に響くようなはっきりとした口調だった。
ざわつく貴族たちは、王族である彼女が話をすることに一斉に注目する。
「王家がこのような措置を取ったのには、理由があります」
エレノアは視線を巡らせながら、丁寧に説明を始めた。
「皆様もご存知の通り、王族の子供というものは、生まれた時から数多の思惑にさらされます。味方も多ければ、敵も多い。……そして、王家には過去、幼少の王族が暗殺されかけた事件がありました」
その言葉に、会場の空気が一気に張り詰める。
貴族たちの表情がこわばった。王家の暗殺未遂など、重大な事件だ。
「私、エレノアは、王女として狙われる危険性ももちろんありましたが……」
そう言って、一瞬だけ隣のノエルをちらりと見た。
「しかし、それ以上に危険だったのは、ノエルです」
再び、どよめきが広がる。
「ノエルは、王太子として生まれました。ゆえに、命を狙われる危険性が格段に高かったのです」
その事実に、貴族たちは顔を見合わせた。
「そこで王家は考えました。ノエルを、女性として育てるのはどうかと。ノエルが王太子であることを伏せ、女性として学園に通わせれば、敵の目を欺くことができるのではないか、と」
理解した貴族たちが頷き始める。
「そういうことか……確かに、王家は性別を一切公表しなかったが……」
「だから、出入りの商人の噂は『王女が生まれた』だったんだな」
「では……ノエル殿下は王女ではなく、王太子として、正式に王家を継がれるのか……?」
そんな囁きがあちこちで交わされる。
ヴァニエルはそれを聞いてなお、顔を真っ赤にして震えていた。
エレノアはそんなヴァニエルを一瞥し、ゆっくりと続ける。
「私たち双子は、学園に通う間、お互いに隠れ蓑になりました」
「……隠れ蓑?」
誰かが反応する。
「ええ。私は特徴的な髪色を染め、ノエルは性別を偽った。それにより、誰も私たちが王族であるとは気づきませんでした」
「確かに……」
「ノエル殿下が王女として振る舞うことで、エレノア殿下が目立つこともなかった……?」
「うまくできていたのだな……」
貴族たちの納得の声が広がる中――
ヴァニエルは震える手で金の封筒を握りしめ、必死の形相で叫んだ。
「じゃあ、この封筒は……!? これは王家が俺に送ったものだ!! そうだろう!? 俺に王女を嫁がせると約束した手紙なんだ!!」
会場が再びざわつく。
ヴァニエルの言葉が本当ならば、彼は王家との正式な約束を交わしたことになる。
だが、今の彼の様子を見る限り、それはただの妄執に過ぎないことは明白だった。
すると、静かに、しかしはっきりとした声が会場に響く。
「……その手紙は、私が送ったものですわ」
エレノアの一言に、ヴァニエルの顔から血の気が引いていった。
「な、何を……?」
「確かに、王家は貴方を援助しました。それは事実です」
エレノアはまっすぐヴァニエルを見据え、続ける。
「貴方が魔法剣士としての道を志しながらも、資金の問題に苦しんでいたのを私は知っていました。貴方は何度も『俺には何もない』『何をしても無駄だ』と落ち込んでいたでしょう?」
ヴァニエルは硬直し、唇を噛んだ。
「だから私は恋人として、貴方を応援したかった。ただ、それだけのこと」
エレノアの声は、冷静で、それでいてどこか寂しげだった。
「だからこそ、王女としての個人資産から援助を申し出た。それが、その手紙の理由です。貴方が夢を追い続けられるように……と」
ヴァニエルの瞳が揺れる。
「そ、そんなはずはない......! お前が、俺に……!? いや、俺は確かにこの手紙を王家から受け取ったんだ! それで、俺は……!」
「貴方は驕ったのです」
混乱するヴァニエルの言葉を遮るように、エレノアは冷ややかに言った。
「援助を受け、魔法剣士としての道を開いたことに満足せず、さらなる高みを望んだ。自分が王女と並び立つにふさわしい存在だと、そう思い込むようになった」
「そ、そんな……!」
「最初は貴方も謙虚でした。感謝していました。しかし、貴方は次第に己の力を誇示し、『俺ならば王女と結ばれるに相応しい』と信じ込んだ」
ヴァニエルは何かを言い返そうとしたが、エレノアは続ける。
「けれど、貴方は知らなかったのです。貴方が蔑んだ私こそが王女だったことを」
ヴァニエルは愕然とした。
「まさか……」
「貴方は『王家にふさわしい人間』ならば婚約を結ぶ、と書かれたその手紙を、自分への求婚と勘違いしたのでしょう」
エレノアは冷たく微笑んだ。
「でも、貴方がしたことを考えてみなさい? 私を罵倒し、侮辱し、手ひどく振った。『平民の分際で』『体を使って稼いだ汚い金』などと、私に向かって。自ら王女に対して不敬を働き、『王家にふさわしい』どころか、国の礎となる資格すら持ち得ないことを証明してしまったのです」
ヴァニエルの顔が青ざめる。
「嘘だ……俺は、俺は、王女と結婚するはずだったんだ……!」
「そう言えば……」
エレノアはふと、思い出したように口を開いた。
「その手紙には、契約書が同封されていましたよね?」
ヴァニエルはハッと息を呑む。
「契約書……?」
「ええ。貴方はしっかり読んでいなかったのかしら? そこにはこう記されていました」
エレノアはゆっくりと、静かに言い放つ。
「『本契約により、王家より支援金を貸与する。ただし、王女と正式に婚約した場合、その返済は免除とする』と」
ヴァニエルの血の気が引いていく。
「それが何を意味するか、わかりますか?」
ヴァニエルは言葉を失い、硬直する。
「貴方は、この契約を『無償の援助』だと勘違いしていたのでしょう。でも、それは“貸与”でした。そして、『王女と正式に婚約した場合』のみ、返済不要となる条件付きだった」
「ま、待て……」
「でも、貴方がしたのは何? 王女である私を侮辱し、蔑み、不敬を働いた。つまり、貴方に残されたのは『婚約』ではなく、『莫大な返済義務』なのです」
ヴァニエルの唇が震え、次の瞬間、怒り狂ったように叫んだ。
「馬鹿な!! そんなこと、あるわけがない!! 俺は、俺は王家にふさわしいはずだったんだ!! 俺は選ばれし者だったんだ!!!」
しかし、その叫びに応える者は誰もいなかった。
ヴァニエルは怒りに任せてエレノアに向かって突進しようとしたが、次の瞬間、警備隊の騎士たちがヴァニエルを取り押さえた。
「放せ!! 俺は王家に認められたんだ!! こんなことで俺の未来が崩れるなんて、許されるはずが――」
「いいえ、許されませんね」
エレノアは冷ややかにヴァニエルを見下ろした。
「貴方は王族を侮辱し、不敬を働き、さらには学園の場で魔法を用いて暴力を振るいました。責任はしっかりと取っていただきますわ」
キッパリと言い切ったエレノアの言葉に続き、ノエルも一歩前にでて、厳しい口調で告げる。
「…ついでに、貴殿が送った、魔法具・魔法学コンテスト審査員への贈賄についても、もう調べがついているからね。僕とエレノアで調べたんだ。今頃、お仲間たちは牢屋の中だろうね。話の続きは、後ほど取調室でゆっくり聞かせていただこうか」
「お、俺は……俺は、王女と結婚するはずだったんだ!! こんなこと、あってはならない!!!」
ヴァニエルの絶叫が響くが、もはや誰も彼に味方する者はいなかった。
「お連れしろ」
ノエルの一言で、騎士たちはヴァニエルを捕縛し、引きずるようにして会場から連れ出していった。
「や、やめろ!! 離せ!! 俺は、お前たちよりも格上になるんだぞ!! 俺は……俺は選ばれし者だったんだぁぁぁ!!!」
ヴァニエルの叫びは、次第に遠ざかっていく。
それを静かに見届けながら、エレノアはそっと息を吐いた。
「これでようやく、幕引きですね」
そう呟く彼女の表情には、どこか満足げな安堵が浮かんでいた。
自業自得ですよ、ヴァニエル君。