卒業パーティ(10)
会場に、ノエルの静かな笑い声が響いた。
「……ふふっ、おかしいわ」
ノエルは、まるで心の底から愉快だと言わんばかりに、軽く肩を揺らして笑う。
その様子に、ヴァニエルの眉間に深い皺が刻まれる。
「何がおかしい」
低い声で問いかけるヴァニエル。鋭い瞳がノエルを射抜く。
しかし、ノエルはまるで意に介した様子もなく、ただ穏やかに微笑んだ。
「ヴァニエル・フロラント伯爵令息」
ノエルは一拍おいてから、はっきりとした声で言い放つ。
「私はあなたと婚約することはできませんよ」
「……何?」
ヴァニエルが目を見開く。
ノエルは、静かに手を伸ばし、ドレスの首元と腰のリボンに指をかけた。
「だって――」
シュルシュルと布が擦れる音が響く。
軽やかにほどかれたリボンが空中で舞い、次の瞬間、ドレスはするりとノエルの体から滑り落ちた。
床に落ちるドレス。
その瞬間、会場の貴族たちは一斉に息を呑んだ。
ドレスの下から現れたのは、王族用の簡素ながらも品格ある男性用の礼服。
ノエルは手早く髪をまとめ、前髪をかきあげる。
すると――
そこに立っていたのは、誰がどう見ても、中性的で美しい青年だった。
「……」
「……」
会場が、一瞬の静寂に包まれる。
呆然と立ち尽くす貴族たち。
そして、ヴァニエルの顔が、見る見るうちに青ざめていった。
ノエルは、まるで何でもないことのように、涼しい顔で微笑む。
「ーーだって、この国ではまだ、同性同士の婚姻が許されていないからね」
その言葉が落ちると同時に、会場は怒涛のようなどよめきに包まれた。
「まぁ、僕が女性だったとしても、君みたいな乱暴な男性はお断りだよ」
ノエルは心底うんざりしたように顔を顰め、はっきりと拒絶の意を示した。
声も、これまでの柔らかく澄んだものとは違い、どこか低く落ち着いた響きを持っている。
喋り方も変わり、まるで最初からこうであったかのように、一人称も「僕」へと戻っていた。
「な……」
ヴァニエルは唖然としたまま、口を開いたまま固まっている。
しかしノエルは構わず続ける。
「それに、そもそもタイプが違うんだよね」
ノエルは肩をすくめ、軽く微笑んだ。
「僕が好きなのは、元気いっぱいで、心優しい、銀色のドレスとサファイアのジュエリーが似合う、そんな女の子かな」
ノエルの言葉に、会場のざわめきがまた一段と大きくなる。王太子に我が娘を…と考える貴族は特にノエルの言葉を真剣に聞いていた。
「やけに、具体的じゃないの」
その横でエレノアが、苦笑いしながら肩をすくめる。
ノエルが誰のことを指しているのか、明白だった。
エレノアがふとキャサリンの方へ目を向けると――
「ほへ…?」
キャサリンの口から、間の抜けた声が漏れる。
その表情は、完全に思考が追いついていない様子だった。
「ノエルが…男…性??」
彼女は目をぱちくりさせながら、ノエルを見つめる。
「王女殿下じゃなくて…王子殿下…え…?」
そのまま、キャサリンはぷしゅーっと頭から湯気が出そうな勢いでフリーズしてしまう。
(……これは、後で説明するのが大変そうね)
エレノアは、心の中で溜息をつきながら、自分の双子の弟にエールを送った。
しかし、そんな呑気なやり取りとは裏腹に――
「ふ、ふざけるなぁぁぁ!!!」
ヴァニエルの怒声が、会場の静寂を引き裂いた。
彼は顔を真っ赤にして、まるで全身を震わせながらノエルを指差す。
「嘘だ!そんなはずがあるか!お前は女だったはずだろう!」
「どうしてそんなはずがあるの?」
ノエルはあくまで冷静なまま、小首を傾げる。
「まさか、君の目には、僕が女にしか見えなかった? それは君の観察力が甘いんじゃない?」
「くっ……!!!」
ヴァニエルの顔が歪む。
冷静な態度を崩さないノエルに、彼の怒りはさらに煽られるばかりだった。
ノエルの正体…バレバレでした?
コメントなどで教えていただけると嬉しいです(о´∀`о)