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【本編完結】王女殿下の華麗なる「ざまぁ」【番外編更新中】  作者: ばぅ
第一章:王宮研究棟にて

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王宮研究棟にて(3)

 王宮のホールは広く、賑やかな人々の中から彼女を探すのは容易ではなかったが、セドリックの目は不思議なほどに鋭く、混雑した会場の中でも彼女を一瞬で捉えた。


 ホールの隅に立つエレノア。その優雅な後ろ姿が、セドリックの胸をさらに高鳴らせる。だが、彼女の前に立つ青年…彼がその青年を見た瞬間、セドリックの表情はわずかに歪んだ。


「ヴァニエル……」


 ヴァニエル・フロラント。フロラント伯爵家の令息で、かつてセドリックの親しい友人だった。セドリックが魔道具について研究を始めた頃、ヴァニエルも興味を示して頻繁に質問をしてきたため、二人は一時期、兄弟のように親しくしていた。


 だが、それも過去の話だ。半年ほど前、ヴァニエルの態度は一変した。攻撃魔法の才能に目覚めたことで急激に自信を深め、次第に人を見下すような振る舞いが目立つようになったのだ。セドリックもその態度に辟易し、自然と距離を置くようになった。最近では、学園内でも人を蔑む態度が目立つという噂を耳にすることが多い。


「……どうやら、魔法騎士を目指しているみたいだな」


 ヴァニエルが立っているホールは、魔法剣師団の宿舎と繋がっている場所だ。セドリックが知る限り、王宮研究所の出入りを許された研究職の学生のように、魔法騎士の候補生もここで鍛錬を積むため、宿舎を借りることがあるのだという。


 セドリックは、人目を避けるように静かにホールの隅へ身を寄せながら、かつての友の変わり様を思い出した。 魔法剣士になるための修練と戦闘技術を磨く攻撃魔法は、通常、膨大な資金と施設を必要とする。そのため、魔法剣士の育成には王国でも大きなコストがかかる。 元々、魔法剣士は王国において主流の戦闘職だったが、ある年を境に、便利な魔道具が広まり、一気にその数は減少した。 魔法剣士を育てるには、広い鍛錬場を用意し、修繕し、時間と労力をかける必要がある。しかし、魔道具を使えば、兵士たちはそのまま魔道具を駆使して戦い、コストを抑えることができる。 その結果、魔道具の普及により、魔法剣士という職業は次第に栄誉職のような立場になり、その育成にかかるコストの高さも相まって、一般人が魔法剣士を目指すことは非常に難しくなった。 家系に特別な才能を持っており、経済的な余裕を持つ裕福な家庭でなければ、魔法剣士になることはできないのが現実だ。


 ヴァニエルの家は伯爵家だが、決して裕福とは言えない。セドリックは、ヴァニエルが魔法剣士を目指す道を選んだのは、おそらくどこかの高位貴族から資金援助を得ていたのだろうと推測していた。


 そんなヴァニエルが、今、エレノアに詰め寄っている。二人の会話を盗み聞くつもりはなかったが、ヴァニエルの声は大きく、自然と耳に入ってきた。


「お前みたいな、平凡でパッとしない女と婚約なんてするわけないだろう!」


 ヴァニエルの冷酷な言葉に、セドリックの眉がぴくりと動く。ホールの隅から二人の様子を窺うセドリックの胸には、不穏な感情が芽生え始めていた。


「なあ、エレノア」


 ヴァニエルの嘲笑混じりの声がホール全体に響く。


「まだ自分が俺にとって特別だとでも思ってるのか?笑わせるな。俺が、お前みたいな冴えない平民の女と婚約するなんてありえないんだよ」


 エレノアはその言葉に一瞬動揺したようだったが、すぐに顔を上げ、冷静な声で問い返した。


「特別だなんて、そんなことを言った覚えはありません。ただ、私は――」


「ただ、何だ?」


 ヴァニエルは彼女の言葉を遮り、肩をすくめて見せた。


「俺に感謝されたいとでも言いたいのか?お前がいくら必死に援助したって、俺がありがたがるわけないだろう。むしろ邪魔だったと言ってやりたいくらいだ」


 エレノアの眉がピクリと動いた。彼女は冷静を保とうとしているが、その声には明らかに怒りと悲しみがにじんでいた。


「邪魔だった、ですって?私は、ただあなたの夢を支えたくて――」


「支える?」


 ヴァニエルは大げさに笑い出した。


「お前が俺を支える?面白い冗談だな。お前がどこでその金を手に入れたか、俺が知らないとでも思ったか?」


「どういう意味?」


 エレノアの目が鋭く光る。


 ヴァニエルはその問いに満足そうな笑みを浮かべると、冷たく言い放った。


「お前のことだ。どうせ体でも使って稼いだんだろう?平民の女がそんな大金を持っているなんて不自然だからな」


 その言葉がエレノアに突き刺さるのが、セドリックにも見て取れた。彼女の唇がかすかに震えていたが、すぐにきつく噛み締められた。


「……ふざけないで」


 エレノアの声は低く、抑えられた怒りがこもっていた。


「私はそんなこと、一度もしたことはないわ」


「ふざけてるのはどっちだ?」


 ヴァニエルは肩をすくめ、挑発するように続けた。


「貴族でもないお前が、どこからそんな金を引っ張ってきたんだ?俺のためだとか言いながら、自分の体で稼いだ金を押し付けられるこっちの身にもなれよ」


 エレノアの目には怒りと屈辱が宿りながらも、涙は浮かんでいなかった。彼女はただ、まっすぐにヴァニエルを見据えた。


「私がどんな気持ちで、貴方を支援していたかなんて、わかりもしないくせに――」


「気持ち?」


 ヴァニエルは鼻で笑い、エレノアを小馬鹿にするように見下ろした。


「そんなもん、どうだっていい。俺が欲しかったのはお前の気持ちなんかじゃない。実際、今となっちゃお前の汚い金なんか要らないけどな」


 ヴァニエルは冷ややかな笑みを浮かべながら、わざとゆっくりとした口調で言葉を続けた。


「そういえば、お前とは二年も付き合ってたな。俺にしてはずいぶん長いこと、平民なんかと関わってやったもんだ」


「……ヴァニエル」


 エレノアは低い声で名前を呼び、何かを言いかけたが、ヴァニエルは聞く耳を持たずに続けた。


「まあ、当時はお前も使える女だった。あれこれ都合よく手伝ってくれたし、俺が必要としていたものを提供してくれた。だがな――」


 その声が冷たく鋭くなり、ホールに響き渡る。


「お前はもう用済みだ」


 エレノアの瞳に浮かぶ動揺を見逃さないように、ヴァニエルはニヤリと口角を上げた。


「俺には新しい道がある。俺は選ばれし者だ。お前みたいな平民とは違う、高貴で価値のある道だ。お前がどれだけ頑張ったところで、その道には踏み込めない」


 ヴァニエルはその場で懐から札束を取り出すと、それをエレノアに向かって放り投げた。高価な紙幣がばさりと床に散らばる音が響く。


「ほら、拾えよ。これがお前への手切れ金だ。平民にとっては喉から手が出るほど欲しい大金だろう?」


 エレノアは床に散らばった札束に一瞬目をやったが、目を逸らさずにヴァニエルを睨み返した。


「こんな端金、もう俺には必要ないんだよ」


 ヴァニエルは肩をすくめて続けた。


「俺は選ばれし者なんだ。お前とは違う世界にいる。選ばれし者には、それにふさわしい相手がいるもんだ。例えば――王女殿下とかな」


 エレノアの表情がわずかに変わった。その名を耳にした瞬間の反応を見て、ヴァニエルは満足そうな笑みを浮かべる。


「その顔…嫉妬か?まぁ嫉妬しても無駄だ。お前みたいな平民と王女殿下。比べることすら失礼だ……俺は王女殿下に選ばれたんだ。だからお前は、用済みなんだよ。何度も言わせるな」


「王女殿下……学園で噂されている、ノエルさんがそう言った…ということですか?」


 エレノアは、静かながら鋭い声で問い返した。


 ヴァニエルはその問いに面白そうに目を細め、首を横に振った。


「お前、本当に哀れだな。王女が誰かなんて分かるわけがないだろ?ノエル嬢も、学園内では俺に接触なんてしてこない――だがな」


 彼は一拍置き、懐から小さな手紙を取り出して見せた。それはかすかに金色に光る豪奢な封筒だった。


「半年前にこの手紙が届いた。王女が俺を見込んで、俺のサポートをしてくれたんだ。お前みたいな汚い金じゃなくてな」


 ヴァニエルの言葉がエレノアを打ちのめしていく。しかし、彼女は涙を見せるどころか、顔をあげ、毅然とした態度を保っている。


 エレノアは静かに目を伏せると、床に散らばった札束を一枚一枚拾い集めた。その仕草は、ためらいも屈辱も見せることなく、むしろ冷静そのものだった。彼女の手が最後の一枚を拾い上げたとき、静かに立ち上がり、ヴァニエルの前に歩み寄った。


「……これ、返すわ」


 エレノアは札束をヴァニエルの胸元に押しつけるように差し出した。その瞳には一片の迷いもなく、むしろ彼女の中に秘められた怒りが静かに燃えているのが感じ取れた。


「あなた、私と別れることで本当に何も失わないと思っているのね。でも、いずれ気づくときが来るでしょう。私がどれだけあなたに尽くしてきたのか、私の存在がどれほどあなたを支えていたのかって」


 彼女は少し言葉を切り、息を吸った。そして冷たい声で告げた。


「そのとき後悔しても、知らないわよ」


 ヴァニエルは軽く鼻を鳴らして笑い、そのまま札束をエレノアの手から乱暴に引ったくった。


「後悔だって?お前ごときが俺に何をしてくれたって言うんだ?」


 彼は札束をちらりと見て、そのまま肩越しに投げるような仕草を見せたが、結局のところ手元に留めたまま、嘲るように笑いを深めた。


「平民のお前が俺の役に立っただなんて、おめでたい思い込みもいい加減にしろ。お前の支援がなくなったところで、俺は何も困らない。それどころか、こんな足手まといと別れられるんだ、俺の未来は明るいな」


 ヴァニエルは満足そうに札束を手にしながら、言葉を続けた。


「お前が俺に尽くしたとか、そんなものはただの自己満足だ。お前みたいなちっぽけな存在が、選ばれし俺の人生に影響を与えられるわけがないだろう?見てろよ、俺はお前とは違う場所で、もっと高みに立つんだ」


 そう言い放つと、ヴァニエルはエレノアに背を向けて悠然と歩き出した。その背中には微塵のためらいも見えない。


 エレノアはその場に立ち尽くし、彼の背中を見送った。その目には一瞬の涙も浮かんでいなかった。ただ、どこか固い決意と憤りが宿っていた。


エレノアは偉いですね。札束、私だったら秒で這いつくばって拾っちゃいます。

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