卒業パーティ(2)
セドリックの馬車は学校の正門前に滑らかに停車した。夕暮れ時、空には金色の光が広がり、校舎の窓ガラスがそれを反射して輝いている。エレノアとノエルは学校の施設で支度を済ませたとのことで、門の前で既に待っているはずだった。
馬車を降りたセドリックはふと息を呑んだ。
黒地に金糸を刺繍したドレスを纏ったエレノアの姿が目に入った瞬間、その場の空気が止まったように感じた。ドレスの美しさはもちろんだが、それ以上に、それを着こなす彼女自身の気品と輝きがセドリックの目を奪った。長いブルネットの髪が夕陽の中で輝き、深い琥珀色の瞳が金糸の模様と絶妙に調和している。
セドリックは言葉を失い、ただエレノアを見つめ続けた。
「……まあ、お兄様!」
先に馬車を降りていたキャサリンが、隣でため息をつく。
「そんなに見惚れてないで、ちゃんと褒めて差し上げなさいよ!」
その言葉にハッと我に返ったセドリックは、慌てて言葉を探した。
「エレノア……本当に綺麗だ……女神かと思ったよ……」
「ふふっ、ありがとうございますわ」
エレノアは笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。その頬が少し赤らんでいるのを見て、セドリックはさらに動揺した。
「セドリックもとても素敵ですわ。その正装、とてもお似合いで……あら?」
エレノアはふとセドリックの正装に目を留めた。そして、彼のダークブラウンの衣装と琥珀を使った装飾品をじっと見つめる。
「もしかして……私の髪と瞳の色を意識されましたの?」
エレノアが控えめに尋ねると、セドリックは一瞬言葉を詰まらせた後、軽く咳払いをして答えた。
「……まあ、そんなところだ」
「まあ、もう……」
エレノアは照れ隠しに目を伏せながら微笑んだ。その柔らかな表情に、セドリックは改めて胸が高鳴るのを感じた。
そのやり取りを、少し離れた場所で見ていたノエルとキャサリンは顔を見合わせてニヤニヤしている。
「熱々ですこと」
ノエルが静かに呟くと、キャサリンが悪戯っぽく微笑みながら頷いた。
「本当、こっちまで砂を吐いてしまいそうですわ。でも、まあ、お兄様にこれくらいの幸せは必要よね」
そんな二人の様子に気づいたセドリックが軽く咳払いをすると、ノエルとキャサリンは慌てて話を切り上げた。
ノエルは薄く微笑んだまま、自分のドレスの裾を軽く整えた。その仕草を目にしたセドリックは、改めてノエルのドレスに視線を移した。
キャサリンと全く同じ布地を使ったドレス。明らかに「お揃い」と分かるそのデザインだったが、二人のスタイルは対照的だった。
キャサリンのドレスは鮮やかな銀色が目を引く、大胆かつ華やかなデザイン。肩のラインが際立ち、スカートはふんわりと広がり、動くたびに光を受けてキラキラと輝いている。それに合わせたサファイアのアクセサリーも見事なもので、キャサリンの明るい性格そのものを表しているかのようだ。
対照的に、ノエルのドレスは控えめで清楚なデザイン。布量が多く、首から足元までしっかりと覆われている。肌をほとんど露出しないことで、ノエルの内面の清楚さがより一層際立っているように見えた。
セドリックはその対照的な姿を見て、少し感心したように呟いた。
「……なるほどな。華やかさと控えめさ、どちらも似合っているってわけか」
準備が整った4人は馬車に乗り込み、会場へと向かった。形式ばった貴族の夜会とは異なり、卒業パーティは友人同士で入場するのが一般的だ。特に、学生生活の最後を飾るこの場では、仲間と一緒に笑い合い、思い出話に花を咲かせる者がほとんどである。それでも、特別な一日の特別な装いは、誰もが胸を高鳴らせる理由になった。
会場に到着すると、中庭からすでに笑い声や音楽が聞こえてきた。色とりどりのドレスと正装を纏った生徒たちが思い思いに会話を楽しみ、交流を深めている。今年の卒業パーティは例年よりもだいぶ賑やかだ。それもそのはず、この年は王家の子供が卒業する年であり、それに伴い、国王陛下が直々に祝辞を述べる予定なのだ。さらに、王家からも「このパーティで重大な発表をする」と事前情報を流していたため、卒業生・在校生の家族はもちろん、その親戚までもが何かと理由をつけて参加してくる、大所帯なパーティとなったのだ。
セドリックたちは馬車を降り、ゆっくりと会場に足を踏み入れた。その瞬間、まるで学園生活の思い出すべてが詰まったような光景が広がり、4人の胸に温かな感情が込み上げてきた。
「さあ、楽しみましょうか」
キャサリンが明るい声を上げる。
「ええ。存分に」
エレノアも微笑みながら応じた。
それぞれの想いを胸に抱きながら、彼らは卒業パーティという最後の大切な時間を楽しむため、会場の賑やかな空気の中へと溶け込んでいった。