王立学園(4)
「俺の婚約者に対するその言葉、聞き捨てならないな」
ヴァニエルとリリアーネは驚きに目を見開いた。エレノアがセドリックと婚約していると知り、動揺を隠せない様子だった。
「婚約者……だと?」
ヴァニエルが唖然と呟く。
「そうだ」
セドリックの声には明確な怒りが込められていた。
「これ以上、俺の大切な人を侮辱することは許さない」
セドリックの低く鋭い声が広場に響いた。彼の登場にヴァニエルとリリアーネの表情が固まる。セドリックはエレノアの横に立ち、彼女を庇うように一歩前に出た。その目には明らかな怒りが宿っている。
ヴァニエルは狼狽えた様子でセドリックを見つめるが、すぐに不敵な笑みに変わる。
「なるほど、エレノアと一緒にいるということは、お前もこいつに騙されている口か」
「騙されている?」
セドリックは怪訝そうな顔をする。
「何のことだ?」
「決まっているだろう!」
ヴァニエルは肩をすくめ、芝居がかった調子で続けた。
「この女、昔から男を手玉に取るのが得意なんだ。どうせお前にも同じ手を使ったんだろう。金か、それとも……体か?」
セドリックの表情が一瞬で険しくなる。だが、ヴァニエルは気にする様子もなく続けた。
「それとも、契約結婚か?ハウフォード公爵家が、こんな女を迎える理由が他にあるとは思えない。お前たちの家が何か弱みを握られているんじゃないのか?」
リリアーネも口を挟む。
「セドリック様、私から見ても、この方があなたにふさわしいとは到底思えませんわ。私のような、家柄も教養もある女性の方が、あなたのような立派な方に似合うのではなくて?」
彼女は媚びるような笑顔を浮かべながら一歩前に出た。
「リリアーネ嬢、また貴女か」
セドリックは、リリアーネの言葉を聞きながら、内心で小さく嘆息していた。彼女がセドリックに言い寄るのは、今に始まったことではない。リリアーネ・フロラントは、彼がこの学園に入学した当初から何かと彼に接近してきた女性の一人だった。
リリアーネは幼い頃から、貴族の令嬢として社交の場に出ることを期待されて育てられてきた。その美貌と礼儀正しさは確かに称賛に値するものだったが、彼女の「私は選ばれるべき存在だ」という態度が、セドリックにはどうにも鼻についた。リリアーネはあくまで自分を「公爵家の未来の夫人」にふさわしいと考えているようで、他の令嬢たちと一線を画した特別な存在であると主張してきた。
彼女の兄ヴァニエルと昔付き合いがあったこともあり、リリアーネの振る舞いを完全に拒絶することは難しかった。しかし、それが結果的に彼女を図に乗らせてしまったのかもしれない。どこで何を企んだのかは知らないが、他の令嬢たちの間で「セドリック様はリリアーネ嬢に特別な感情があるのでは?」という有る事無い事噂が広まることもあり、火消しに苦労することもあった。
セドリックの怪訝そうな顔など気にも留めず、リリアーネは続ける。
「セドリック様、私のことはご存じですよね。私はどんな場でもあなたに恥をかかせることはありません。貴族の務めを理解し、それにふさわしい振る舞いを心得ています。どうか、今からでも考え直してください。こんな平民の女に人生を捧げるなんて、間違っています!」
「……リリアーネ嬢、いい加減にしろ」
セドリックの声が鋭く響き渡った。リリアーネの言葉を遮るように彼は口を開く。
「俺がエレノアを選んだ理由は、彼女の知性、そして気高さにある。お前たちがどれほど侮辱しようとも、彼女は俺にとって、そしてハウフォード公爵家にとってふさわしい女性だ」
「知性?気高さ?」
ヴァニエルは鼻で笑う。
「そんなものは表面だけの話だろう。俺から見れば、ただの薄汚い平民にしか見えないがな!お前もそのうち後悔するに決まっている」
セドリックは冷静さを保ちながらも、確固たる口調で返す。
「後悔するのはお前たちの方だろう。伯爵家の分際で公爵家の婚約者を侮辱するとは、どういうつもりだ?」
「分際だと?」
ヴァニエルの表情が怒りで歪む。
「学園では身分なんて関係ない!平等が建前の場で、身分を持ち出すとは卑怯だ!」
リリアーネも声を上げる。
「そうですわ!学園では私たちも同じ立場です。ですが、忘れないでください。お兄様はいずれ王家に名を連ねる存在。そんな平民の味方をすることで、後悔するのはセドリック様の方ですわ!」
ヴァニエルはニヤリと笑い、
「そうだ、王家は俺に注目している。お前のその態度、後で痛い目を見ることになるかもしれないぞ」
と、挑発するように言った。
セドリックは冷静に二人を見つめ、毅然とした声で告げる。
「俺は何も後悔しない。エレノアが俺の婚約者である限り、彼女を侮辱する者は、たとえ誰であろうと許さない」
都合のいい時だけ平等を持ち出すなんて、ゲス感がすごい。