王立学園(3)
学園の広場は、昼の陽光があふれ、学生たちが思い思いに昼食を楽しむ中、エレノアは木陰のベンチに腰掛けていた。彼女は鞄から取り出した本をめくりつつ、セドリックが来るのを待っている。待ち合わせまでにはまだ少し時間があったが、心は穏やかで、その時間すら心地よいものだった。
しかし、平穏なひとときは、突然聞こえた耳障りな声によって破られた。
「ほう、よくこんな場所に姿を現せるものだな」
その声に顔を上げると、そこにはヴァニエル・フロラントが立っていた。エレノアは彼を見て、わずかに表情を引き締めたが、特に動揺する様子も見せなかった。
「何かご用ですか?」
「用だと?お前のような平民に、俺が用などあるわけがないだろう」
ヴァニエルは鼻で笑った。
「だが驚きだな。こんな場所にいるということは、まさかまだこの学園に籍を置いているのか?」
「私はこの学園で学ぶ資格を得ています。それ以上でも以下でもありません」
エレノアは毅然とした態度を崩さずに答えた。
「資格、だと?笑わせるな。どうせ、お前のことだから誰かに媚を売って、金でも渡したんだろう?」
ヴァニエルは一歩近づき、彼女を見下す。
「もしくは身体でも使ったのか?ああ、お前なら平気でやりそうだな。昔から他人に尽くすのが得意だったもんなぁ」
その言葉には明らかな悪意がこもっていたが、エレノアは冷静さを保っていた。彼女は一瞬だけ瞳を鋭く光らせるが、すぐに冷ややかな微笑みを浮かべる。
「私がどのような形でここにいるかは、ヴァニエル様には関係のないことですわ」
「ほう、偉そうに言うじゃないか。平民風情が俺に歯向かう気か?」
ヴァニエルは鼻で笑った。
「お前みたいな奴が、俺に意見するなんて千年早い。俺は選ばれし存在なんだぞ」
「もしそう思われているのでしたら、それで構いません。けれど、それ以上の言葉は無駄です」
エレノアの瞳には、鋭い光が宿っていた。
「無駄だと?偉そうな口を利くな!」
ヴァニエルはさらに声を荒げた。
「お前のような平民が、俺のような選ばれた存在に意見するなどおこがましい!そもそもお前なんかが、この学園にいること自体が間違いだ!」
その時、どこからか別の声が割って入った。
「まぁまぁ、兄様。そのくらいにしておいたら?」
現れたのは、ヴァニエルの妹であるリリアーネだった。彼女は兄の横に立ち、エレノアを見下ろすように嘲笑を浮かべる。
「エレノアさん、こんな場所で何をしているの?どうせ何もわからないくせに、貴族の真似事でもしているのかしら?」
リリアーネの声には露骨な嘲りが込められていた。
「……」
エレノアは言葉を発さずに視線をリリアーネに向けた。それだけで気に食わなかったのか、リリアーネはさらに声を高める。
「そんな目で見ないでくれる?貴族の中にいるだけで、あなたみたいな平民が腐臭を放っているように感じるのよ。お兄様、こんな人と話していたら品位が下がるわ」
「確かにな。俺たち貴族の空気を吸っているだけでありがたいと思うべきだ。お前がここにいる理由なんて、それしかないんだからな」
リリアーネは軽く肩をすくめ、わざとらしいため息をついて続ける。
「どうせこの人、まだフロラント家に取り入ろうとしているんじゃない?学園の中でもお兄様を待ち伏せして。ここにいればお昼休みにお兄様が通ると思ったんでしょう?はしたないったらないわ!あなたみたいな平民が伯爵家に嫁ぐなんて、考えるだけで滑稽よ」
「その通りだ、リリアーネ」
ヴァニエルが追随する。
「フロラント家がそんな愚かな判断をするわけがない。それに、こんな寄生虫みたいな平民を家に入れるなんて、家名が汚れるだけだ」
リリアーネは嘲笑を浮かべながら続ける。
「寄生虫って言葉、ぴったりだわ。でも残念ね、お兄様に取り入ろうとしても無駄よ。もうすでにふさわしい相手に求婚されているんですもの」
彼女の声は低くなり、意味深に言葉を切った。
「…ふさわしい相手?」
エレノアが問いかけると、リリアーネはさらに笑みを深めた。
「お忘れ?王女殿下の存在よ。お兄様はね、殿下に求婚されているの。あなたも封筒を見たでしょ?金の封筒に双剣の装飾、まさに王家からの手紙よ。お兄様の研究支援のお話と、結婚についての打診があったの。お兄様は王族に名を連ねることになるのよ!」
リリアーネは誇らしげに胸を張る。
「あんたみたいな平民なんて、王族が本気を出せば一瞬で消せるんだから。おとなしく頭を下げて、今のうちに命乞いでもしておくのがお利口さんじゃない?」
その発言にエレノアの表情は微動だにしなかった。内心ではリリアーネの言葉がただの虚勢にすぎないと見抜いていたが、それを態度に出すことはない。
「命乞いする理由が見当たりませんね」
エレノアは冷静に言い返した。
「私はこの学園にふさわしい努力を重ねてここにいます。あなた方にとやかく言われる筋合いはありません。それに、封筒が届いたからといって、王女殿下があなたと結婚すると決まったわけではありませんわ。あまりぬか喜びしすぎると、後悔することになりますわよ」
「偉そうに!」
ヴァニエルが声を荒げた。
「平民の分際で!お前がここにいること自体、俺にとっては目障りなんだよ!」
「その通りだわ!」
リリアーネも声を上げる。
「平民ごときが貴族と肩を並べようなんて、おかしな話だもの!」
ヴァニエルとリリアーネがさらに声を荒げようとしたその時、どこからともなく静かだが威厳のある声が響いた。
「その辺にしていただこうか」
二人が振り返ると、そこにはセドリックが立っていた。彼はエレノアの隣に進み出ると、ヴァニエルたちを冷たい視線で睨みつけた。
ヒーローは遅れて登場します。セオリー通りです。
しかしその割には、ヒロインのレスバが強いですね。笑