第三十八話 ひと安み
「あ! ホッキョクグマがいるよ!」
しずくが指さした先で、白いクマがのそのそと歩いていた。
俺たちがガラスの前に立つと、まるでホッキョクグマは待っていたかのように水の中へ飛び込み、俺たちの前で泳ぎ始めた。端から端まで行ったり来たり。俺たちへのサービスだろうか?
「あはは、ファンサがすごいや」
「そうだな」
しばらく泳ぎ回っていたホッキョクグマは、やがて飽きたのか陸へと上がった。どうやらサービスの時間は終わりらしい。
俺たちはなんとなくガラス越しに手を振って、ホッキョクグマコーナーをあとにした。
「わっ、見て! 純太郎!」
少し先を歩いていたしずくが、早歩きになる。
すぐについて行くと、そこには青いトンネルがあった。
「すげぇ……水槽のトンネルだ」
足元以外、すべてが水槽。俺たちまで水の中にいるような、そんな錯覚すら覚える。
「あ……!」
俺たちの真上を、何かが通る。それはイルカだった。水槽の中を泳ぎ回るイルカたちの姿は、空を飛んでいるかのように優雅であり、自由だった。
「可愛いよね、イルカ」
「愛くるしい見た目してるよな。……お、解説があるぞ」
近くの看板には、イルカについての解説が書かれていた。
知能指数が高いため、人懐っこく、好奇心旺盛で、ご褒美があれば芸も覚える。それでこんなに可愛らしい見た目をしているのだから、人気者になるのも当然だ。
「え、イルカってエラ呼吸じゃないんだ」
同じく解説を読んでいたしずくが、驚いた表情を浮かべた。
俺も同じ部分を読んで、へぇと声を漏らす。
イルカは頭の上に空いている穴を使って、肺呼吸をしているらしい。泳いでいるところばかりを想像していたから、てっきりエラ呼吸だと思っていたが、思い返せば陸地で芸を披露することもあるし、肺呼吸のほうが納得だ。
「あ、向こうにアザラシがいるって」
イルカはもういいのか、しずくは次のコーナーに行こうとする。
クール系モデル、SHIZUKUのあどけない一面に、俺の心臓は大きく高鳴った。
屋外で行われたイルカショーを見たり、ふれあい広場で海の生物に触ったりしているうちに、俺たちは揃って空腹を覚えていた。
「お腹空いたと思えば、もうお昼じゃん。二時間くらい回ってたんだね」
「あっという間だったな……」
「一旦お昼にする?」
「賛成だ」
一度水族館を出て、外にあるレストラン街へ向かう。
アミューズメント施設が並ぶエリアに、お目当てのレストラン街はあった。お互い特に希望もなかったため、一番近くにあったハワイアンカフェに入る。
「パンケーキだって、美味しそうだね」
「おお、結構ボリュームもありそうだな」
パンケーキ以外にも、ワッフルやマラサダ、食事メニューならチキンプレートや、ハンバーガーなどが目立っていた。
写真を見る限りどれも美味しそうで、こちらとしてはかなり迷う。
「パンケーキは必須かなぁ……それとマラサダも食べたいし、あとはチーズバーガーもいいね」
「け、結構食べるな……」
「ずっと我慢してたからね……! 夏休みの撮影に向けてずっと食事制限してたけど、今日くらいはいいかなって。せっかく純太郎といるのに、変に我慢してたらもったいないでしょ?」
「……そう言ってくれると、こっちも気を遣わずに済むから助かるよ」
しずくは今言った通り、イチゴのパンケーキ、プレーンのマラサダ、チーズバーガーを頼もうとしている。俺はロコモコと、しずくがパンケーキとどちらにするかで迷っていたマンゴーワッフルを頼むことにした。ワッフルに関しては、あとでしずくとシェアするつもりだ。
「ねぇ、コナコーヒーって何か分かる?」
しずくがソフトドリンクの欄を見ながら言う。
「コナコーヒーは、かなり有名な豆の種類だよ」
ハワイ島にあるコナ地区で栽培されている豆が、コナコーヒーである。
ブルーマウンテン、キリマンジェロと並んで、世界三大コーヒーとされている有名な豆であり、希少性が高く、高級なイメージがついている。
特徴ははっきりとした酸味と、まろやかな口当たり。フルーティーな甘い風味もあり、苦みは控えめ。全体的にマイルドな印象を受けることから、初心者でも飲みやすいコーヒーである。
「酸味が苦手だと、ちょっと厳しいかもしれないけどな。でも、いい豆だってことは間違いない」
以上の説明を、俺はそんな言葉で締めくくった。
「へぇ……! 三大コーヒーか、ちょっと飲んでみようかな」
俺たちは、選んだメニューを注文した。
やがて、頼んだものがすべてテーブルに並ぶ。どれもいい香りで、食欲を掻き立てる。
「「いただきます」」
まずはロコモコから。濃厚なデミグラスソースのかかったハンバーグを、口に運ぶ。ハンバーグの肉々しさと、デミグラスソースのうま味が、口の中で絡み合う。これは間違いなく美味い。
そこまで難しい料理じゃないし、今度喫茶メロウでも作ってみようか。オシャレにすれば、女性客から人気が出るかもしれないし。
「ん~! チーズバーガー美味しい!」
満面の笑みを浮かべ、しずくはチーズバーガーを頬張る。
その無邪気な姿に、思わず笑みがこぼれた。