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第三十四話 寝起き

 目を覚ました。

 私は、見慣れた天井が広がっていることに困惑した。覚えているのは、神保町の公園まで純太郎が迎えに来てくれて、そのままタクシーに乗ったところまで。


 それからどうやって家に入ったんだっけ?

 服は昨日着ていたもののまま。メイクも落とせてない。ということは、帰ってきてベッドに倒れて、そのまま寝てしまったのか。


 あちゃーと、頭を抱える。

 収録が終わった途端にこれか。こういう一回の気のゆるみを取り戻すために、今日の私がどれだけ苦労しなければならないか分かっているのだろうか、昨日の私は。


「……終わったんだ」


 カーテンの隙間から差し込む朝日を見て、私はそう呟く。

 体の調子は悪くない。筋肉痛は残っているけど、怠さとか、熱っぽさはなくなっていた。

 十時間くらいは寝たのだろうか? しっかりとした睡眠がどれだけ大切なのか、身に染みて分かった。


「ん……?」


 視界の端に見慣れないものが映り、私はベッドの脇を見る。

 そこには、少年が俯きがちに座っていた。思わず声が出そうになったが、私はすぐにそれが誰だか理解する。


「……純太郎?」


 声をかけるが、純太郎は返事をしない。

 耳を澄ませば、小さな寝息が聞こえてくる。どうやら眠ってしまっているようだ。

 私はベッドを下りて、彼の隣にしゃがみ込む。


「おーい、純太郎」


 小声でそう声をかけた。

 彼はまだ起きない。こんなに無防備な純太郎、初めて見た。

 いつもは私ばかりが甘えているから、なんだか優越感すら覚える。


「……純太郎がここまで運んでくれたんだ」


 思わず口角が上がる。

 彼はバイトを抜けてまで助けに来てくれたのに、さらに一晩中私の側にいてくれたようだ。そんなの、嬉しくないわけがない。


「ありがとう、純太郎」

 

 寝ている純太郎に何を言っても聞こえやしないのに、自然と感謝がこぼれていた。


 そうだ、何を言っても聞こえないのなら、今のうちに予行練習しておくのはどうだろう。


「……大好きだよ」


 その言葉を口にした瞬間、頭が沸騰したかのように熱くなる。

 これは恥ずかしい。恥ずかしいにもほどがある。

 誰も聞いていないからって、私は一体何をしているのだ。


 純太郎は、変わらず寝息を立てている。

 いい予行練習になった。これなら、デートでの告白も上手くいく気がする。

 

◇◆◇


「ん……」


 うすぼんやりとしていた意識が、ゆっくりと覚醒していく。

 いつの間にか寝てしまったらしい。

 確か俺は、しずくを迎えに行って、そのあとタクシーでしずくの家まで来て……。


「あ、起きた?」


 声をかけられて、俺はハッとする。

 

「しずく……」


「おはよう。よく眠れた?」


 椅子に腰掛けていたしずくは、俺に笑顔を向けた。

 顔の血色のよさを見る限り、どうやら体調もよさそうだ。


「毛布……」


「あ、うん。エアコン効いてる部屋だし、寒いと思って」


「ありがとう。悪いな、寝ちゃって」


 かかっていた毛布を丁寧にたたみ、彼女のベッドの上に置いておく。


「昨日はよく眠れたみたいだな」


「おかげさまでね。改めてなんだけど……ありがとう、迎えに来てくれて」


「そんなの、お安い御用だ」


 照れ臭くなり、俺は首の後ろをさする。


「しずくが無事で本当によかった。稲盛さんから電話が来たときは、マジで焦ったよ」


「あはは……ごめんね、色々巻き込んじゃって」


 なにはともあれ、しずくが無事ならそれでいい。

 俺は立ち上がりながら、バキバキになった体をほぐす。

 首と腰と背中が痛いが、もはやそんなことはどうでもよかった。


「それじゃ、俺は帰るよ。しずくの体調もよさそうだしな」


「え、もう少しゆっくりしていけばいいのに」


「いや……シャワーも浴びてないし、ゆっくりするのはまた日を改めたほうが……」


「むう……そっか、残念」


 分かりやすく落ち込んだしずくだったが、すぐに明るい表情を見せた。


「なんて、私も本調子じゃないのに一緒にいたいなんて、お互い楽しめないもんね。今日のところは諦めるよ」


 しずくは残念そうに告げて、俺の隣に立つ。


「ねぇ、純太郎」


「ん?」


「明日も私休みなんだけど、改めて会えないかな?」


 遠慮がちに、しずくはそう問いかけてきた。


「明日はシフトが入ってるから……いつもの時間なら会えると思う」


「分かった。じゃあいつもの時間に」


「……ああ、待ってる」


 俺はそう告げて、しずくの家をあとにした。

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