第十二話 癖の話
「ねぇ、純太郎ってさ、女子の服装に好みとかある?」
「え?」
今日も今日とて喫茶メロウに来たしずくは、席につくなりそんな話題を投げかけてきた。
女子の服装と聞いても、正直ピンとこない。
今まで考えたこともなかったから。
「うーん……その人に似合ってる服……とか?」
「模範解答なんだけど、私が欲しかった答えじゃないね。聞きたいのは純太郎自身の“癖”っていうかさ。たとえばミニスカートが好き、とか、縦セーターが好き、とか……つい欲情しちゃうものってあるんじゃないの?」
「欲情って……」
改めて考え直してみるが、なかなか浮かんでこない。
欲情する服となると、さらに難しい。
ひたすら頭を捻っていると、一瞬だけその服装が脳裏をよぎった。
「あ……体操着、とか?」
「ぷっ」
しずくがケラケラと笑い始める。
「あははははっ! た、確かに服装だけど……! それガチのやつじゃん……! あははは!」
「……恥ずかしいんだが」
口が滑ってしまった。
一瞬浮かび上がったその名前を、俺はとっさに口にしてしまっただけなのだ。
決して体操着フェチなんてことは――――ない、と思う。
あれ、自信がなくなってきたな。
「まあいいや、意外な一面も知れたし、これくらいで勘弁してあげよう」
「……どうして急にそんなこと聞いてきたんだよ」
「なんとなく純太郎の好みが気になってさ。ちなみに、これとこれならどっちが好み?」
そう言いながら、しずくはどこかの試着室で撮ったであろう二枚の自撮り写真を見せてきた。
一つは、白色のラフなTシャツと、ダボっとした黒色のロングパンツ。
そしてもう一つは、同じようなTシャツに、体のラインが出る水色のロングスカート。
どちらも似合っている。
しかし強いて言うなら――――。
「こっちのロングパンツの方が……好みかな。スカートの方も似合ってると思うけど、ちょっと上品すぎて近寄り難い感じがするっていうか」
「おー……服装に興味ない割には真っ当な意見だね」
「めちゃくちゃ真剣に考えたからな」
「純太郎のそういう真面目なところいいよね。めっちゃ好――――すごいと思う」
「……?」
何やら言いよどんだのが気になったが、すぐに誤魔化されたため、俺はそれをスルーした。
「ごほんっ……それじゃあ、気を取り直して。この二枚さ、それぞれ全然系統が違うように見えるよね」
「ああ」
パンツスタイルのほうはだいぶカジュアルに見えるし、ロングスカートのほうは大人っぽく上品な印象を受ける。
「でもね、実はこれ、トップスはどっちも同じTシャツなんだよ」
「……え?」
俺は改めて写真を見せてもらう。
そしてよく観察してみれば、確かにまったく同じ物であることが分かった。
「正直さ、毎日着ていく服を選ぶのって大変なんだよね。オシャレは好きなんだけど、結局同じ服を着回していくのが一番楽でさ。でも工夫もしないでそんなことをしてると、周りの人から『ほかに服持ってないの?』って思われちゃうでしょ?」
「そういうものなのか」
「特に女子はすぐに気づくからね。だから少しでも楽をしたい時は、こうやって着こなしを変えて着回すんだよ。アクセサリーを変えたり、ボトムスだけ変えたりね。ちなみに、トップスだけ変えるってことも全然やるよ」
まったく知らない世界だが、しずくの話はとても面白い。
曰く、上の服が同じでも、下の服の色や形が変わるだけで受ける印象が大きく変わるんだそうだ。
俺が同じTシャツだと認識できなかったのは、そういう要素も関わっているらしい。
「不思議な話だよね。単体で見ると一緒なのに、他の物と組み合わせると別物に見えるなんて――――」
そう言いながら、しずくは写真を比べるために画面を何度も左右にスワイプした。
その際に、指が滑ったのか別の写真が表示されてしまう。
表示された写真は、鏡に映る下着姿のしずくだった。
「あっ、ちがっ……! これは日々のスタイル確認だから! 体型維持のための日課だから!」
しずくは慌ててスマホを回収し、懐で抱きかかえる。
そして赤くなった顔を、チラチラと俺のほうへ向けた。
「……見た?」
「ミテナイ」
「嘘下手すぎない⁉」
すぐにバレてしまった。
「見……たけど、すぐに隠したから、まったく《《印象に残ってないぞ》》。大丈夫だ、すぐ記憶から消去する」
「……それはそれでプライドが傷つく」
「え?」
「これでも一応、私はこの容姿でお金を貰ってるんだ。簡単に忘れられるような体じゃないはずだよ? ほら、ちゃんとよく見て」
「いや、待て! そういうつもりで言ったんじゃ――――」
しずくは自身の下着姿の写真を、まるで押し付けるようにして見せてくる。
すぐに顔を逸らすが、何故かムキになっているしずくは、無理やり視界に写真を入れてきた。
「ほら、見て。私の下着姿。そして記憶に刻み込んで」
「い、嫌だ……! 見ない……!」
「下着姿に興味ないって言われたら傷つくよ? ほら、見て?」
「……!」
謎の争いが激しくなりかけた、その時。
カウンターのほうから、『ごほんっ』と咳払いする声が聞こえてきた。
「あの……ほかにお客さんがいないからいいんだけど……えっちな話をされると……私が恥ずかしい、かな」
「「ご、ごめんなさい……」」
俺としずくは、歌原さんに対して揃って頭を下げた。