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第十一話 SNS

「それにしても……変な噂まで立っちゃって困るよね」


「噂?」


「年上の俳優と付き合ってるとかなんとか……一応言っとくけど、そんなこと絶対にないからね? まあ、言い寄られたのは事実だけど」


「その人は仕事で知り合ったのか?」


「まあね。しつこく連絡先を聞かれたから、断るのが大変で――――って、そうだ! 純太郎、私たちまだ連絡先交換してないよね?」


「あ」


 そういえばそうだった。

 しずくはスマホを俺のほうへ向ける。


「早速交換しようよ」


「ああ、そうだな」


 こうしてメッセージアプリに、神坂しずくという名前が追加された。

 別に特別なことではないのかもしれないけど、何故だかとても嬉しく思える。


「あはは、初期アイコンだ。純太郎らしいね」


「……変えたい画像もなくてな」


 そう言うしずくは、可愛らしい猫のアイコンだった。

 くりくりとした黄色っぽい目が特徴の黒猫なのだが、これは飼い猫なのだろうか?


「おばあちゃんの家にいる猫なの。名前はくーた。可愛いでしょ?」


「あ、男の子なのか?」


「え? うん、そうだけど……それがどうかした?」


「いや、なんとなく、しずくに似てるように思えたからさ」


 猫と人は似ても似つかないはずなのだが、このアイコンを見ていると、どうしてもしずくの顔が浮かんでくる。

 このすまし顔というか、全体的な表情というか――――曖昧な感覚でしかないのだけれど。


「驚いた……それ、おばあちゃんたちも言ってるんだよね。この子は保健所から引き取ったらしいんだけど、その理由が、私に似てたからなんだって」


「ああ、やっぱりそう思ったのは俺だけじゃなかったんだ」


「不思議。私は全然似てない気がするんだけどね……なんか懐いてくれないし」


「同族嫌悪ってやつなんじゃないか? 向こうはしずくのこと同類って思ったのかも」


「えー……そういうの分かるのかな、猫って」


「意外と獣の方が敏感な気もする」


「うーん、私としては仲良くしたいんだけど」


 アイコンとにらめっこするしずくを見て、俺は思わず笑った。

 雑誌などに載っている時の彼女と、俺の目の前にいる今の彼女は、やっぱり全然違う。

 そのギャップに、俺は強い魅力を感じてしまった。


「む、何を笑ってるんだい?」


「いや、可愛らしいことを考えるもんだなって思って」


「かわっ――――相変わらず君は素直だね。……まあいいさ。それよりも、純太郎もさすがにアイコンは変えた方がいいよ? さすがに初期アイコンは寂しいって」


「そういうもんか?」


「そういうもんだよ。何か好きな物とかないの?」


「……コーヒー?」


「あ、いいんじゃない? コーヒーの入ったカップをアイコンにするとか、全然アリだと思う」


 なるほど――――と思った。


 俺は一番近くにあったしずくの飲んでいたコーヒーへ視線を送る。

 すると彼女は、すぐにそれを手で隠してしまった。


「飲みかけは駄目。ちゃんと淹れたてのやつを撮らないと」


「なんで……?」


「普通は飲みかけのコーヒーをアイコンになんてしないからだよ」


「……そういうものか」


 奥が深いな、アイコン界隈は。

 

「一口食べたケーキ……とかなら、アイコンとして可愛いけどね。あ、っていうかこのお店はSNSやってないの?」


「やってるよー、私がアカウント運営してるの」


「え、本当ですか!」


 コーヒーのおかわりを持ってきてくれた歌原さんが、俺たちにスマホの画面を見せる。

 そこには喫茶メロウと書かれたSNSのアカウントが映っていた。

 画像欄には、コーヒーやデザート、店の内装の画像などがある。

 フォロワーは――――そこそこいるようだ。


「少しでも宣伝になればって思って、最近始めてみたんだよ。だから少しずつご新規様も増えてるんだよね」


「あー……なんとなくお客さんが増えたと思ったら、それだったんですね」


 特に分かりやすく客が増えたのは、土日である。

 気のせいというレベルではなかったため、ようやくこれで腑に落ちた。


「このアカウント、コーヒーの画像とかも上げてますよね? それを一枚純太郎に送ってくれませんか?」


「いいよ~、これをアイコンにするの?」

 

「はい、初期アイコンはさすがに寂しいので、せっかくなら純太郎の好きな物がいいなって」


「そういうことならいくらでも送っちゃうよ。ぜひ純くんのアイコンに使って!」


 俺は早速、歌原さんが送ってくれたコーヒーの画像をアイコンにした。

 なるほど、確かに。

 アイコンを変えただけで、なんだか新鮮な気持ちになった。

 

「いいね、やっぱりこっちのほうがいいよ」


「しずくがそう言うなら、これにしておく」


 なんだかテンションが上がってしまった俺は、歌原さんに頼んで他にもたくさんの画像を送ってもらった。

 コーヒー以外のドリンク、デザートや料理。

 ほぼ空っぽだった俺のスマホの画像欄が、一気に潤った。


「ありがとうございます……こうして並べると、うちのメニューってこんなにあったんですね」


「私も最初撮った時びっくりしたよ~。常連さんの話なんだけど、SNSを見るまで、知らなかったメニューもあったんだって。でもSNSのおかげで、別のメニューも頼みたくなったって喜んでくれたんだよ。なんか嬉しいよね~」


「確かにそれはいい話ですね」


 俺も、歌原さんが淹れるコーヒーをもっと多くの人に知ってもらいたい。

 すでに経営に困らないくらいの客入りはあるけれど、繁盛しているに越したことはないと思うのだ。


「宣伝かぁ……私もこの店のことをもっと多くの人に知ってもらいたいんですけど……私が表でおすすめすると、多分たくさんファンの人が押し寄せてきちゃうから……」


「そうなったら、しずくがこの店に入りにくくなるな」


「そうなんだよね……」


 俺としても、歌原さんとしても、それは好ましいことではない。

 宣伝してくれるのはありがたいけれど、気持ちだけで十分だった。


「でも、信用できそうな人にはおすすめしたいな。自分の好きな物を共有できないって、やっぱり悲しいから」


 しずくの言葉には、確かな重みがあった。

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