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「――は?」
何事かと思った私は、いきなりの行動に、どうしていいか分からず立ち上がる。
つむじが見えるくらい深く頭を下げた斉藤さんに、いつになく萎縮した様子を見て取ってどうしたらいいか首を傾げる。
「え、なんですか? 斉藤さん、一体何が――」
「ラウンジで、お前の噂、聞いた!」
斉藤さんは頭を下げたまま、私の声を遮るように叫んだ。
「あ……、あぁ噂……」
思わず、間抜けな声が出てしまう。
……あー、そっか。
ラウンジか、考えてなかったなー。
他部署と会うもんねぇそりゃ。盲点だったなぁ。
斉藤さんの同期は本社にいる人多いから、特にだよね。
あまり他部署と交流ないからばれないと思ってたけど、油断したなー。
ていうか、女子社員だけに流れているかと思ったら、いつの間にか男性社員にまで飛び火していたか。
「えと、それで。なぜに斉藤さんがこんな……」
とにかく頭を上げてください、とお願いすると、バツが悪そうな顔で上体を起こした。
右手を後頭部にやって、ぎゅっと押さえてる。
「課長と瑞貴とのこと、なんかすごい言われようで。俺、お前にあの二人のやることに付き合ってやってくれとか言っちまったし。その、……無責任だったよな」
大きい身体を小さく縮めて、しゅんと肩を落としてる。
あ、そういうことか。
やっと納得して、斉藤さんを見る。
「あの、斉藤さんのせいじゃないですから。私が決められないのが悪いんだし、それに噂なんてすぐに消えますよ」
そのまま斉藤さんの後ろにまわると、席の前まで背中を押す。
「でも面倒だから、課長とか哲には内緒でお願いします。まぁラウンジに行かなきゃ、そこまで噂が耳に入ると思えませんし、ね?」
斉藤さんはなんだか腑に落ちない表情で、椅子に腰をおろした。
「でも、それじゃ久我ばっか損じゃないか」
私も椅子に座って、笑いかける。
「いいんですよ、慣れてるのもありますから。大体反応すれば余計に向こうも調子に乗りますからね。放っておくのが一番です」
そのままさっき打ち掛けだった、亨くんへのメールの返信を再開する。
今までの経験上、絶対完無視が一番!
「……強いなぁ、久我」
感心したかのように呟く斉藤さんに、デスクトップから視線をはずさず答える。
「強くないですよ、面倒なだけなんです」
「何かあったら言えよ? じゃなきゃ、俺ぁ罪悪感でどうにかなっちまいそうだ」
その言葉にお礼を言って、小さく笑う。
「大体実力行使なら、私が勝ちますよ? 課長への決め技、奥の手に持ってますからね」
ボディーブローのマネをやりながら、斉藤さんを見る。
斉藤さんは少し笑ってくれたけど、やっぱり心配そうな顔に戻って私の頭に手を置いた。
「危ないことはするな、女なんだから。頼むから、俺を頼ってくれ」
「じゃ、そのときはお願いします」
やっと安心できたのか、ぽんっと軽く頭を叩いて小さく頷いてくれた。
斉藤さんて、ホントにいい人。
心配だけは掛けないようにしなくちゃね。
正直、最近精神的に参っていた私は、久しぶりにほんわかと気持ちが浮上した。