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十二月に入った社内は、年末に向けてあわただしい雰囲気になっていて。


企画課も他に漏れず、心情的にも仕事的にも忙しない。


ちょっと箍が外れかかっていた課長も、仕事量が半端ないのか、そっちの方に頭が傾いているらしく。


哲も余裕な顔をしながら、企画課での初めての年末を迎えて、懸命なんじゃないかな。


今日は間宮さんも加えて三人とも、外回りに出ていて、内心、ほっとしていた。





「はぁ……」


溜息は、屋上に吹く冷たい風に吹き流されていく。

開いた口が、風を吸い込んで冷たい。



最近、社内で私に対する視線が、とっても気になったりしています――――

女性社員限定で。



「で、美咲。一体どういうことなの?」

さすがに寒くて屋上でご飯もなくない? という今日この頃。

いつもの定位置で、ひっそりとご飯を食べる私達。

大変素敵な加奈子様の笑顔が、私を追い詰めております。


「どういうこととは、どういうことでしょう」

「――明日から、会社に来られなくなってもいいのかしら?」

「はい、すみません」


加奈子は溜息をつきながら、サンドイッチを食べています。

その視線は、とても怖いです。

哲もそうですが顔のいい人って常人よりも、喜怒哀楽の出方が倍増する気がします。


なんで、笑顔なのに怖いのだろう。



「何があったのよ、柿沼さんと」

サンドイッチを飲み込んだ加奈子は、やっぱり笑顔。

私はそれに気圧されるように、ぽつりと口を開いてみた。

「あの、企画課には言わないでくれる?」

俯いたまま視線だけを加奈子に向けると、頷いてくれた。

「分かってるわよ、だから瑞貴くんのいない日を選んで聞いたんだから」


私は食べ終えたお弁当箱をランチバッグにしまうと、買ってあったホットの缶紅茶のプルタブを開けて一口飲む。

それよりも先に、聞いておきたいことがある。

噂が流れていても実際私に直接言う人はいないから、断片的にしか分からないから。


好意的なものじゃないと分かっていても、聞くの、勇気がいるよね。

小さく深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせる。


「あの、ちなみに先に伺いたいんですが。どんな噂が流れてるの?」

食事を終えた加奈子は、ごみを入れたビニール袋を横において紙パックのジュースにストローを挿した。


「私が聞いたのは、加倉井課長と瑞貴くんを惑わしてるーとか、実は真崎先輩と付き合ってるとか、お気に入りの取引先の年下男子がいるとか?」


取引先の年下男子?


「――あー、ある意味最後の一文は間違ってないね」

亨くんのことは気に入ってるよ、恋愛感情ナシで。


って、やっぱり柿沼が噂の元なんだ。

そうだと思っていても確証がなかったけど、亨くんのことを知っているのは企画課以外だと飲み会であった柿沼&お取り巻きしかいないもの。



加奈子はあらあらと口元に手を当てながら、

「じゃ、その子が本命?」

って言うから。

「違うから。ただの友達」

と、溜息をつく。


「あのね先月の終わりにさ、その取引先の子と哲と飲みに行ったのよね。その時、柿沼につけられたらしくて、店で強制的に合流の運びとなったわけ」

「あらら、瑞貴くんが激しく嫌がりそうねぇ」

さすが加奈子、お見通し。



「しばらく私も我慢してたんだけどね、その取引先の子にまで話しかけられちゃ私の居場所ないわけよ。企画課に移ってからあんまりこういうことなかったから、我慢できなくなっちゃって」

もう一度、大きく溜息をつく。

「トイレに行くって言って荷物も全部持ってきて、外に出たの。そしたら取引先の子が来て、辛かったら帰っていいですよって言ってくれたもんだから。お言葉に甘えて帰ったの」

加奈子は紙パックのジュースを飲み終わったのか、ビニール袋に入れて首をかしげた。


「なら問題ないじゃない。柿沼さんは瑞貴くんと話せて、お邪魔な美咲もいなくて。なぜこんな噂が流されてるの?」

視線を加奈子に戻す。

「哲が、私を追ってきてくれちゃったんだよね」

私の言葉に、少し驚いたような加奈子の表情。


「……あらま、ちょっと後先考えてない行動ね。瑞貴くんにしては珍しい」

加奈子もそう思うか。

「なんか仕事中にラウンジ行った時、柿沼と話したって言ってたから。イライラがたまってたかもだけど。それに、哲は悪くないわけだしね」

ごろりと背中を階段につける。



「それにしても――、もう少し自分が我慢できなかったかなーとか思うのよ。私が出て行かなければ、まぁここまでにはならなかっただろうしさ」


あのままお開きになるまで私がいるのも嫌だろうけど、哲と話せるならここまで怒りはしなかっただろうなぁ。


「ま、なんにせよ自業自得も入ってるから、諦めるよ。噂が落ち着くまで、あんまり人に合わないようにお仕事いたします」

私の視界に加奈子が映る。

上から覗き込まれて、首を傾げる。

「何?」

加奈子は呆れたように、体勢を戻した。


「自業自得って、美咲はずいぶん我慢してると思うけど」

「――そうでもないよ。大体、課長と哲に返事してないのって、すごい嫌な女でしょ?」

真崎さんは関係ないけど、と付け加える。

ちなみに加奈子もそれには同意。


「……そうねぇ。でも、加倉井課長も瑞貴くんも結構勝手よね。好きだー、でもまだ返事はいらない。しかも見てる限りじゃあんまり行動を起こしてるとも思えないし。これじゃ、美咲が迷うのも仕方のないことだと思うんだけど」

そこで、身体を起こす。


「それがさ、最近なんだか二人とも……」

そこまで言って、口を噤む。

いや、勢いで言おうとしたけど、意外と恥ずかしいな。

「なぁに? 早く続き言って?」

うぉ、優しいけどがっつり威圧感。


「なんか哲は今まで以上に、こう、懸命な気がするし……。課長は、どっかねじが飛んだんじゃないかって感じで絡んでくるし――」


惚気とかじゃなくて……どう対応していいか分からなくて。

右往左往してしまう。


加奈子は、ふぅん、と呟くと目を細めて、膝に頬杖をついて私を見る。


「どちらにせよ、二人に振り回されてるのねぇ」

「……」

なんだかすごい違和感だわ。

「――加奈子が、優しい」

おかしい、いつも毒舌大魔王なのに。

考えが表情に出ていたのか、にこりと笑って加奈子が立ち上がる。


「私は、いつも事実を述べているだけよ。まぁ、人の噂も七十五日。しばらくは柿沼さんたちに会わないように頑張るしかないかもね。美咲は衝突するのを避けてるんでしょ?」

私も立ち上がって、スカートの埃を叩いた。

「まぁね。余計面倒になりそうだし」

なんか勝っても負けても、うるさそうだし。


そのまま屋上のドアへと歩いていく。

風が出てきたのか、ふわふわの加奈子の髪が横になびいていて。


加奈子から視線をはずして、空を見上げる。

真っ青な青空は、少し霞んでいて。

冬だなぁ……、そんなわけの分からないことを思い浮かべる。


なぁんて、現実逃避をしても仕方ないか。



「何かあってからじゃ遅いから、手出されないようにね? 柿沼さんのマニキュアコーティング完璧な爪、すごい武器になりそう」

前を歩いていた加奈子が、ドアノブに手をかけながら私を振り返る。


その表情に一緒に笑いそうになりながら、思い出す、綺麗にコーティングされた爪。

確かに、怖いな。


「いやだなぁ、脅かさないでよ」

ドアを開けてビル内に入ると、冷たくなった身体がほわっと温かくなる。

階段を降りて六階にでると、加奈子はごみを棄てながら振り返った。


「脅かしてなんかいないわよ? 女の嫉妬の怖さなんて、美咲の方がよく分かってるでしょう? やりあうつもりがないなら、頑張って逃げるのよ」

女の嫉妬……か。

「うん、頑張る」

頷くと。

「でもやりあうつもりがあるなら、是非私を呼んでね? 彼女達に、これ以上ないくらい後悔させてあげるから」


壮絶に綺麗な笑みは、見なきゃよかったと、心底私が後悔しました。



意味もなく背筋が凍った、とブツブツ言いながら歩き出す私の後ろで、加奈子が私を呼びとめた。

振り返ると、会長室に向けた足を止めて私を見ていて。




「……加奈子? どうしたの」


何も言わない加奈子に、声をかける。

彼女は、口端を少しあげて微笑んだ。


「美咲は、鈍感ね」


……


「いきなりなんですか、加奈子さん」


「居酒屋さんの話、なんで瑞貴くんが美咲を追って出てきたのか分からないんでしょう?」


面白そうに細められた目が、そのまま閉じる。


「そんなの、柿沼さん達より美咲の方が大事だからに決まってるじゃない」


「え?」


「今までは美咲のこと考えて、柿沼さんたちを怒らせないようにしていたわけでしょ? それができなかったって事は、美咲を守るより傍にいたい気持ちの方が勝っちゃったのね。余裕がなくなってきてるんじゃない?」


加奈子の手がゆっくりと、私の頭を撫でる。


「気付いちゃったのね、きっと」

少し寂しそうな表情に、首を傾げる。

「何に……?」


加奈子は口を開いたけれど、何も言わずに首を振った。

「私が言うことじゃないわ。美咲が自分で気がつかなきゃダメ」


止めていた足が動いて、フロアの奥へと歩き出す。


「――加奈子……?」


私の声に振り向かず、そのまま歩いていってしまった。



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