6
勝手に呼ばれた店員さんが、さっさと柿沼たちのテーブルにグラスやお皿を運んでいく。
仕方なく腕を引かれていく哲の後ろから、亨くんと並んで歩く。
「こんなことになっちゃってごめんね、あとで埋め合わせはするから」
亨くんは首を振って、前を行く柿沼を見る。
「それは別にいいんですが、ずいぶん積極的な人ですね。なんだか哲弘が可哀相」
「あはは、分かってくれる? 後で慰めてやって」
案内されたのは八人掛けの掘りごたつ式の座敷。
そこに、経理と総務の女性社員三人が座ってた。
柿沼に連れられて歩いてくる哲を見て、嬉しそうな表情を浮かべる。
「瑞貴先輩! どうぞここ、座ってください」
一度立ち上がって哲に場所を促す彼女たちは、可愛らしい女性の表情。
やっぱり、好きな人が来れば嬉しいよね。
――こういうの見ちゃうと、柿沼たちの行動を諦める自分がいるわけで
望んでもいない状況で、哲はかわいそうだなーとは思うけど。
哲は女性社員の横に座らせられ、柿沼がその横を陣取った。
仕方なくその横に私、前に亨くんが座る。
横に一席空けて。
ホント積極的だよねー、この子達。
亨くんには悪いことしちゃったな。
しっかし、四人で八人席の座敷って。最初っから、哲を引っ張ってくるつもりだったんだなぁ。
ちらっと横目で哲を見ると、諦めたのか少し無表情気味に話を聞いている。
四人の女性に囲まれる、哲。
ある意味、ハーレムだな。
哲は話を聞きながらも、たまに私の方に視線を向けていて。
申し訳なさそうな目をするものだから、小さく頭を振って大丈夫と視線で伝える。
ほっとしたようにまた会話に戻るのを当の女性社員たちも気づいているらしく、そっちからも強い目線を向けられるので、二度目で哲の方を見るのをやめた。
これ以上、逆上されたくないです。
哲はそれからもこっちをたまに見ているみたいだったけど、しょうがない。
悪い、哲。
私は私の命のほうが惜しい(笑
哲ハーレム状態の方を無視してしばらく亨くんと話しこんでいたら、彼の横に座っていた経理の子がこっちを向いた。
私たちの会話にするりと割り込んで、亨くんに自己紹介をしてる。
亨くんも少し笑顔を浮かべて、応対していて。
私はビールを飲みながら、その状況を不自然ではないくらいの笑顔で見ていた。
――ん?
ふと気づく、哲じゃない視線。
目を向けると、亨くんと話している経理の子と目が合う。
それはすぐにそらされてしまうけれど。
首を少し傾げながら、ビールをあおると再び向けられる視線。
それはすぐ亨くんに戻ったけれど、盗み見されるように向けられる視線は。
内心溜息をつく。
よく、高校の時やられたなぁ。
哲と一緒にいると。
亨くんまでとられてしまうと、私の居場所が本格的になくなるなぁ。
ちらりと腕時計に視線を走らせる。
八時半近くを指している時計の針に、この状態になってから四十分以上は経ってるはず。
時計から亨くんに視線を戻すと、やっぱりこちらにちらりと向けられる視線。
いなくなって欲しいって、ことか。
周りに聞こえないように、小さく息を吐き出す。
言葉じゃなく精神的な追い出しって、結構くるなぁ……
私、けっこう我慢したよね?
もう、いいかな?
自分自身に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
でも、哲かわいそうかな……
哲の方を見ようと視線を動かすと、亨くんに話しかけている経理の子の奥に座る総務の子と目が合った。
ふぃっと、反らされたけど。
さすがに厳しいな――
小さく溜息をついて、ゆっくりと立ち上がる。
「美咲?」
哲の声に振り返ると、哲と亨くん以外の視線の痛いこと熱いこと。
こらこら君たち、二人に見えてないからって。
苦笑い気味に、お手洗い、と告げて座敷を出る。
こっそりと見つからないように、鞄とコートを持ち出しながら。
備え付けのスリッパではなく自分の靴をはいて、トイレを素通りして外に出た。




