2
「み~さき♪」
翌朝アパートから出勤した私は、エレベーターで加奈子と一緒になった。
「昨日は自宅に帰れたんだ、よかったね」
あら、優しい言葉。
毒舌加奈子の優しい言葉に、思わず頷く。
「なんか仕事が早く片付きそうなんだ」
「そっかー、それが一番だよねぇ。身体休まるし」
――
一瞬黙って、加奈子を見上げる。
「何? 何か……企みごと……?」
エレベーターから、五階につくことを知らせる音が、ポーンと鳴り響く。
加奈子は見上げる私を笑顔で見返すと、エレベーターに向き直る。
「親友の体調を心配したらおかしいの? まったく、疑り深いんだから~」
タイミングよく開いたエレベーターのドアから押し出されて、五階の廊下に降りた。
振り返ると、閉まるドアの向こうで加奈子が手を振っている。
「また明日ね~」
という、言葉を残して。
なんとなく釈然としないままセキュリティーチェックを通って、一番奥の企画室に入る。
そこには課長と斉藤さんの姿。
「おはようございます」
声を掛けながら入っていくと、課長の席で話していた二人がこちらを振り返る。
「はよー」
「おはよう」
ほら、ニコリともしない。
ついじっと見た私に、課長が眉を顰める。
「なんだ、久我」
――なんだじゃないよ、こっちは夜に眠れないほど悩んだっていうのに。
そりゃ、二日くらいでしたが。
「いいえ、今日は私展示会なんで、午後から外に出ますね。そのまま直帰します」
「そうか」
一言だよ。
思わず悪態をつきたくなるがそのまま自分のデスクに鞄を置いて、マーカーを手にとる。
企画室の壁には大きいホワイトボード。
会議の時に使うまっさらな部分の下に、五人の行動予定を書き込む場所がある。
基本的には就業時間は決まっているけれど、半分はフレックスタイムのようなもの。
仕事さえ進めれば、自分で管理できる。
要するに、残業とか休日出勤とかが多いから、会社で管理が出来ないだけなんだけどね。
予定を書き込んでいると、斉藤さんが顎に手を当てて横に立った。
「あれ? 課長が行く展示会、久我の場所と近いですよ。一緒に出ちゃえばどうです?」
「え?」
思わず不服そうな声が出てしまって、慌てて口を塞ぐ。
斉藤さんが驚いたように私を見下ろしたけれど、すぐににやりと笑った。
「あはは、嫌がられてますよ加倉井課長。さんざん怒らせた罰ですね」
「えっ、いえ、嫌がってなんか……」
ただ、何話せばいいかわからないだけでっ
居心地悪いだけでっ
それって嫌がってるって、確かに言うかもだけどっ
斉藤さんを睨みあげると、その後ろに立った課長と目が合う。
課長は私の行き先を確認してから小さく頷くと、
「じゃあ、面倒だがごまでもするか」
ぷちんっ
「そう言うのは、口に出さずにしろぉっっ!」
再び私のボディーブローが炸裂した事は、言うまでもない。