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呼びかけられた声に、顔を上げる。
そこには、綺麗なおねーさんを演出中の柿沼の姿。
途端、哲が不機嫌オーラを出し始める。
こいつすごいな、顔に出ないのに雰囲気に気持ちをのせるってどうよ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか柿沼の手が哲の腕に添えられる。
「私達もたまたまここにきてたんですよ、なんだー哲弘先輩もここにいらっしゃるならさっき誘ってくださればよかったのに」
小首をかしげる彼女の胸で、茶色い巻き髪がくるんと跳ねる。
グロスをつけているのか、照明に光る唇はうっすらピンク。
白のツインニットは、少し派手目な彼女の雰囲気を抑えてくれている。
そこでふと気付く。
さっき?
柿沼、今さっきって言ったよね?
私の頭にはてなマークがたくさん並んでいたんだろう。
柿沼は少し口端を上げて笑う。
「さっきラウンジで、哲弘先輩とお話してたんです」
あぁ、ラウンジ。
お茶を買いに行ったにしては遅いなぁって思ってたけど、そういうことか。
「向こうでご一緒しませんか? 総務と経理の同期で飲んでるんです」
「いや、俺達はここでいいよ。同期で楽しみなよ」
哲はやんわりと触れていた柿沼の手を外す。
おぉ、上手いな。
さすが、女性のあしらいに長けておられる。
変なところに感心していたら、柿沼が私の顔を覗き込む。
「久我先輩、ダメですか? 先輩がいいって言ってくれれば、哲弘先輩も頷いてくれると思うんですけど」
――っとー、私に来たか。
えーっと……
「ダメっていうか……」
「今日は取引先の人と飲んでるから。悪いけど」
私の言葉を遮って、哲が言い放つ。
うっわー、怒ってる怒ってる。
そろそろ引いた方がいいよ、彼女~
でも、彼女はめげない
負けない
ある意味、尊敬ものだ
そのまま亨くんを見る。
「嫌ですか?」
うわー、こりゃ……ダメだ
亨くんは突然現れた柿沼の存在に引き気味だったのに、そんな言葉でじっと見られたら――
「べ……別に、嫌というか……そんなことは……」
って、いうしかないよね。
柿沼はにっこり笑うと、哲の腕を再び掴む。
「こちらの方がいいって言ってくださってるんですから、いいでしょ? 先輩」
惨敗です。