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「やほー、亨くん」
約束した七時に本社ビルを出ると、少し離れたガードレールに亨くんが座ってた。
似合うなぁ、その姿。
「美咲さん、哲弘。お疲れ様です」
俯いていた顔をこちらに向けて、にっこりと笑う。
きゅん←死語
思わず駆け寄って、頭を撫でる。
「もう、なんて可愛いの? こんな弟欲しい!」
なんていうの、ふさふさの大型犬飼いならした気分。
やめてください、と笑いながら困ってる亨くんに、哲が助け舟を出す。
「美咲、お前自分の会社の前で。さっさと移動しようぜ」
ちらっと本社の方を振り返った哲に、首を傾げる。
「何? なんかあったの? 何を気にしてるのよ」
私の声に視線を戻すと、別にと呟く。
「ほら、行こうぜ。俺、すげぇ腹減ってんだわ」
背中を押されて、亨くんと一緒に首を傾げる。
「あー、真崎とかに会ったら面倒だろ?」
「あぁ、そういうこと」
納得した私は、確かにと頷きながら歩き出す。
後から思えばこの時点で変だったんだから、ちゃんと気付いてあげればよかったと思う。
本社から少し離れた五階建てのビルの最上階。
そこはたまに哲や企画室の面々と飲みに来る場所。
同じ会社の人の姿を見かけたことはなく、落ち着いて飲めるから結構重宝してて。
ここでも哲は、奥まった一角にあるテーブルを選んで、その上私を一番奥の壁際に座らせた。
「ねぇ、哲。一体なんなのよ、おかしいわよあんた」
「うるせぇな、気にすんな」
隣に腰掛けながら、ぶすりと哲が呟く。
なんか哲の行動が腑に落ちないけれど、今日は一日企画室にいたし、何か起きたわけでもないし……と自分を納得させる。
お互い好きなものを頼んで、飲み会スタート。
「で、亨くんの職場ってどうなのよ」
「職場ですか? けっこう体育会系ですよ。あの久我部長も、怒ったら怖いですし」
「へぇ?」
「でも、おんなじ名前ってびっくりしました。しかも、結構雰囲気にてるんですよね。美咲さんと、久我部長って」
まー、そりゃ親子だからね。
似たくないけど、しょうがない。
「同じ苗字って似るのかもね、ほら姓名判断とかだと結果が似てくるわけでしょ?」
「確かに。美咲さんのお父さんは何をされているんですか?」
君の会社で、部長やってます。
つい最近、知りました。
――なんてね。
「うち親が離婚してるから、私天涯孤独なのよ。うふふ~、慰めてくれる?」
多分私の身の上話を聞いて困るだろうから、おちゃらけるように最後の言葉をくっつける。
案の定、亨くんは困ったような表情で、小さく謝る。
「余計なこと聞いてすみません。あの、俺でよければ!」
「よければなんだ」
哲、無表情の突っ込み。
それを尻目に、どうしても頭を撫でてしまう。
「ごめんね、どうしても頭を撫でたくなる。嫌だったらちゃんといってね」
「――他の人なら嫌かもしれないけど、なんか美咲さんだと不思議と嫌じゃないんですよ」
何でですかね? と、首を傾げる。
なんでこんなに可愛いのだろう。
こっちこそ、不思議だ。
「多分、姉貴のせいかな。うちの姉貴、小さい頃から外国行ってるんで、会うたびに可愛い可愛いって俺の頭撫でるんですよね。子供の頃の感覚が抜けないからだと思うんですけど」
運ばれてくるおつまみを口に入れながら、カルピスサワーを喉に流し込む。
「ある意味シスコン?」
哲が指でつまんだポテトフライを亨くんに向けながら、にやりと笑う。
亨くんは少しばつが悪そうに、肩を竦める。
「別に姉貴が好きなわけじゃないけど、確かに好きになるのは年上が多いかなぁ」
「シスコンだ~」
「違うって」
哲と亨くんのやり取りを、聞きながらくすくす笑う。
「美咲さん、ホント俺、そんなんじゃないですよ。職場じゃ怖いって言われてんのに」
「え、見えない。どこが怖いの」
怖いって言葉がはだしで逃げ出しそうなくらい、可愛いのに。
「だからシスコンなんだろ。美咲の前じゃ、尻尾ふったお犬様」
「それいうなら、哲弘もそうだろ?」
言いながらも笑ってるから、ほっとくか。
まったりとほほえましく見ていたら。
それはやってきた。
嵐より、大型で。
嵐より、強大な。
「偶然ですね、久我先輩、哲弘先輩」
柿沼という、目を持つ台風が――