18
「で、どういうこと?」
いつもの居酒屋で、間宮と向かい合う。
間宮はビールを一口飲むと、朝あったことを面白そうに笑いながら話した。
「ホントウニ、カワイイナ?」
信じられない言葉に、思わずカタコトの話し方になる。
間宮はもう肩で笑いながら、手をぴらぴらと振る。
「もう、信じられなくて。しかも満面の笑顔つきなんだよ。俺、課長のあんな顔、初めて見たかも」
「笑顔――」
いや、大学から一緒だから笑ったところくらいは見たことあるけど。
「満面の笑顔?」
「そう」
見たことねぇぞ
思わず呆気にとられる。
「大体あの人、仕事ばっかに打ち込んできたじゃんか。結構もてるのに、無表情で全部切り捨てて」
大学の時も、人気はあった。
無表情でポーカーフェイスで。
付き合った女は大体言うことは同じ。
「あのギャップにやられるって」
その言葉に、間宮がふぅんと呟く。
「でも確かにあの笑顔は反則かもね。いつもが無表情なだけ、すごい破壊力」
間宮の言葉に一通り笑って、溜息をつく。
「まぁ、余裕がなくなってきてんだろ? 真崎もちょっかい出すし、瑞貴とはもともと仲いいし」
「あぁ、あの取引先の子とかもね」
昨日ラウンジであった、マーケティング会社の奴。
随分、久我になついてた。
「課長と久我の接点は職場だけだからなぁ、仕事だけで占めてた頭が恋愛の方に傾いてるんだろ。意外と不器用だから」
「確かに、一度感情の箍をはずしたら、止まんなそうだよね。課長って。いっそのこと、さっさとはずしちゃえばいいのに。大体、もうほとんど外れかかってるよね」
にっこりと笑う間宮に、少し苦笑い。
「お前、顔のわりに言うこた言うな」
俺の言葉に飲もうとしていたビールのグラスをテーブルに戻すと、かけていた眼鏡をはずした。
俯いてそれをハンカチで拭く間宮から、いつもより低い声が聞こえてくる。
「ねぇ、斉藤。お前にとって、俺ってどんな奴?」
「え?」
今まで聞かれたことのない問いに、思わず首を傾げる。
「えー? 温厚で優しくて怒ったところを見たことない、穏やか~な奴。お前のこと下の階で、王子様~って呼んでる奴等もいるらしいぜ?」
言いえて妙だよな、と納得。
「王子さまねぇ……、二十九で言われても、嬉しくないんだけどな」
「ん、そうか? お前に、あってると思……」
笑いながら間宮に視線を戻した俺の動きが、ピタリと止まる。
俯いている間宮。初めて見た眼鏡を取った奴は、想像以上に綺麗な面立ちをしていて。
降りた前髪の隙間から、俺を見る視線。
冷たい色の揺らぐその表情は、見ているこっちの背筋が凍りそうで……
何も言えずにそのまま固まっている俺に、拭き終わった眼鏡をかけて俯けていた顔を上げる。
「課長だけどさ。無表情より、いい傾向だと思わない? 感情のままに動くのってさ」
微笑むその表情に、思わず息を吐く。
「なんか、間宮じゃないものを見た――」
そう? と笑いながらグラスを手に取る間宮は、いつもの顔。
「いろんな面があるんだよ、人にはね。斉藤は裏表がないから、わからないだけだよ」
――
「それって、馬鹿にしてんのか?」
少しふてくされながら言うと。
「羨ましいんだよ。だから、お前とは安心して付き合っていけるんだから」
そう言ってビールを飲み干すと同時に、Yシャツの胸ポケットで携帯が着信音を鳴らした。
間宮は取り出して画面を確認すると、ちょっと悪い……といいながら返信を打ち始める。
「彼女?」
「うん、そう」
大学の頃から付き合ってるっていう……
「その娘は、お前のそーいう面も知ってるのか?」
間宮は短い返信を済ませると、再び携帯をポケットに滑らす。
「知ってるよ? あいつを手にいれるのに、大分手こずったからね」
あいつ!
手に入れる!
てこずる!
こいつの口から出てくるとは思えない単語!!
目を真ん丸くして間宮を見ていたら、面白そうに目を細められた。
「課長にも瑞貴にも、そろそろ本気出してもらわないとね。周りが振り回されるだろう?」
にこりと笑う間宮の笑みに、さっきの知らない表情が見え隠れして。
思わずつられてにっこりと笑い返してしまった、俺、斉藤 良成 二十九歳でした――