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俺、斉藤良成二十九歳、久我の横にデスクを与えられている二つ上の先輩社員。
加倉井課長とは大学からの知り合いで、この場所(課長の通路挟んで斜め前。久我の真横)で仕事していても今まで少しも気にならんかった。
が。
なんか課長、デスクトップから目を少しはずして、久我見てるよな?
今まで気付かなかったのに、何で今日、そんな視線を感じるようになっちまったのやら。
そんなことを考えながら、ぽちぽちと適当にキーボードを叩いていたら。
「斉藤、さっきのデータだが」
「あ、はい」
課長に呼ばれて、立ち上がる。
返される書類と、訂正点。やり直しを言い渡されて席に着く。
横目で久我が、ざまーって顔して笑ってて。
このやろーっと、頭を小突くと
「久我」
課長の声が響く。
久我は、眉間にしわを寄せながら立ち上がる。
「お前の書類も、やり直し」
課長の声。
「え? どこがおかしいんですか――」
怪訝そうな声と、書類を覗き込む久我の姿。
既に社の終業時刻は過ぎていて、多分残ってるのはうちか秘書課くらいかって時間。
なんだろう、俺の目の前ではおかしな光景が繰り広げられている。
大体久我を呼ぶときの声も、なんか俺達の時とは違うし。
砕けた口調になってるの、気付いてんのか? 加倉井課長ってばさ。
この妙な雰囲気は朝からで、なんか久我の様子も変だった。
瑞貴も気にしてるみたいだけど、がつっと聞けずにいるらしく。
こんな雰囲気でもう夜。
なんか、気になって仕事どこじゃないんすけど――
「久我、お前もう少し無い頭使って、漢字くらいはまともに書いて来い。過度な期待はしないから」
「なっ、なんちゅーひどい事言うんですか! それでも上司?!」
返された書類を手に、久我が叫ぶ叫ぶ。
「あー、そうそう上司。その上司に対して酷い言葉遣いだな」
「敬語を使われるような、尊敬できる上司になってくださいっ」
「じゃぁお前も、優しく言ってもらえるような部下になれ」
あーいえばこーいうっ!
久我の遠吠え(笑
なんか、痴話げんか?
昨日までは普通だったのに、何? 何でこんな状態になってんだ?
呆気にとられながらも課長のほうを見る事もできずに、デスクトップを眺めていたら。
ポンッと小さな音がして、画面の右下に新着メールが来たことが知らされる。
なんだよこんな時間に、内心苦々しい気分で開いたら間宮からだった。
首を傾げて奴を見ても、こっちを伺ってる気配は無い。
とりあえずメールを開いてみると、
―― 今日の微妙な雰囲気について
飲み行かない? ――
思わず、噴出し損ねた。
しかし間宮は俺みたいにばっさり男! て感じじゃなくて、こう柔らかいよな。
どうやったらそーなれるのか、俺には分からん。
カタカタとキーボードを鳴らして、返信を打つ。
―― おうよー
九時には終わらせるわ ――
ぽんっと返信メールを送信すると、微かに新着メールの表示音が向かいの机から聞こえた。