16
企画室から出て、給湯室に駆け込む。
シンクについた手には、まだコンビニの袋が握られていて。
どんだけ、余裕ないわけ……? と、溜息をつく。
昨日から、課長の感情の箍が外れっぱなしになってるんだろうか。
優しく笑う顔も、甘い言葉も、抱きしめる手も、今までかなりレアな課長だったのに。
――お前が可愛いからだよ
「わぁっ!」
思わずシンクに両手を叩きつけたら、
「なっ何!?」
廊下から、男の人の声が聞こえました。
やばっ、と固まる私。
この時間なら……
「――ま……間宮さん……?」
両手をついたままの体勢で、顔だけ入り口に向けてみる。
ドアのない入り口には、間宮さんの姿。
あ、やっぱり。
「お、おはよーございます……」
いたたまれなさ百二十パーセント超えてますが、ここは一つご挨拶を……
ひきつったようにへらりと笑った私に、驚いて瞬きを繰り返していた間宮さんは、小さく噴出して指をさした。
「コンビニの朝ごはんてことは、仮眠室出勤なの?」
言われて自分の手元に目をやると、さっきから持ったままのコンビニの袋。
私はそれを上げて、
「はいっ、これから食べようかと! 間宮さんは珈琲飲まれます? よければ私お持ちいたしますがっ」
まくしたててみた。
間宮さんは、うんお願い、とくすくす笑いながら歩いていってしまった。
それを笑顔で見送って、壁をがんがん蹴り飛ばす。
くそぅっ
課長があんなことするから!
間宮さんにおかしな子ってイメージつけちゃったじゃないかぁぁっ
「……」
いまさらか
自分突込みを繰り返しながら、コンビニの袋をシンクに置く。
お湯を沸かして、間宮さんと自分の分、そして義理で仕方なく課長の分も淹れた。
不本意ですがねっ
トレーにカップをのせて企画室に戻ると、入った途端課長に噴出される。
くっ、間宮さんに今の事聞いたのか?
冷たい空気を醸し出しつつ、自分と間宮さんのデスクに珈琲を置く。
「ありがとう、久我さん」
にこりと微笑む間宮さんは、まるで王子様のようです。
と、内心呟きながらにこりと微笑み返す。
で。
課長に目を向けると、笑わないように頑張ってるのか、頬がぴくぴくしてて。
見ているデスクトップ上で、本当に仕事してるのか疑いたくなる。
目の前に、ドンッと珈琲を置いて見下ろす。
「……」
「珈琲ですけど、何か?」
目線だけ私によこす課長に、むすりと言い放つ。
間宮さんが口をつけていたカップから視線を上げて、こちらを見たのが目の端に映った。
課長は顔を上げて私を見たあと、小さく笑った。
「本当に、可愛いな」
「――!」
「?!」
トレーを落とす私と、珈琲を噴出さないように左手で口を押さえる間宮さん。
どちらも一緒は、真ん丸くした目。
課長は口端だけあげて笑うと、涼しい顔でキーボードを打ち始めた。
「課長……、今日はまた一体……」
間宮さんが、ポツリと呟く。
課長は顔を上げて間宮さんを見ると、あぁ、と笑う。
って、その笑いで既に間宮さんが固まっておられます!
「うん、そうか。そうだな、すまん」
ぶつぶつと自己完結して、表情から笑みを消していつもの仏頂面に戻る。
「――課長?」
拾ったトレーを両手で持って名前を呼ぶと、顔を上げた。
「なんだ」
――いつもの課長だよ……!
信じられないものを見るかのようにその場で固まってたら、突然ドアが開いて斉藤さんと哲が入ってきた。
「おはよーさん……、て。何? この微妙な雰囲気」
斉藤さんが怪訝そうな表情で、自分の机に鞄を置く。
「はよーございます。ん? ……美咲、何してんだ?」
同じ様に自分の机に鞄を置きながら、哲が首をかしげた。
それに答えるわけもいかず、かといってホンキで微妙な雰囲気でなにか取り繕いたい気分になってしまう。
間宮さんもなにやら微妙な表情で、笑ってて。
「斉藤さん、おはようございます! 珈琲はいかがですか? 今なら無料でおいれしますよっ」
コートを椅子にかけた斉藤さんが、なんだそれ、と笑う。
「いつも金とってたか? 面白い奴だなぁ、じゃぁ頼むよ」
「みーさーきー、俺には?」
哲が拗ねたように言う言葉に仕方ないなぁと頷きながら、一目散に逃げ出しました。
はい、本日二回目の逃走になります。