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14

久我を企画室に残して、外に出る。


――やっぱり、俺には言わないか。


ビルを出て、自宅へと向かう。

もうこの時間だと人通りは少なくて。

そばにある公園の、低い塀に軽くもたれかかる。


そのまま片手で額を押さえた。


「……駄目だ」


つい呟いた声は掠れてて、自分でも苦笑してしまう。

「何、年下に煽られてるんだか」



――美咲の事、抱きしめちゃいましたからね



瑞貴の声が脳内を掠って、頭を軽く振る。


あの時、瑞貴に頼まれたこと。

取引先の久我さんを、久我に近づけないようにして欲しい。

理由は教えないけど、久我の為だと言っていた。


それはきっと、瑞貴だから知ってることなんだろう。

分かってる。

あいつらの関係に、嫉妬しても仕方ない。


だいたい、瑞貴の言葉と久我の態度を見ていれば分かる。

多分、久我さんは久我の父親。雰囲気が似ていて、同じ名前で。

幼馴染が知っている理由なら、こんなところだろう。

まぁ、もしくは親戚の類か?


どちらにしろ何かの理由があって、お互いに知らない振りをしているだけ。


察しはつくけれど。


それでも、何か言ってくれないかと、期待した。



それは脆くも崩れ去ったけれど。





何かに悩んでいる久我を、見てはいたくなくて。

  



―― 一体何しに来たんですか!! 




さっきの久我の真っ赤な顔が、脳裏に浮かんでつい口元が緩む。


どうせ今頃は俺の事を考えて、仕事になるまい。

悩み事で頭をいっぱいにするなら、俺で満杯にすればいいんだ。


お前のことを考えている奴は、瑞貴だけじゃない。

そばにいるってこと分からせたくて、ついその身体を引き寄せた。


「いや、半分は違うな……」


自嘲気味に笑う。

瑞貴の言葉に嫉妬した、ただそれだけの感情かもしれない。


他の男に触れさせたくない。

どうやったら、俺は久我の心を手に入れられるんだろう。


瑞貴とは、あんなにも楽しそうに話すのに。

瑞貴とは、隠し事もないようにお互いを把握しているのに。


そこに、横槍を入れようとする俺がおかしいのか?



でも。おかしくても。

俺は、久我を手に入れたい。

他の奴のものになるのを、見ているのは我慢できない。



初めての職場に戸惑ってる久我と、数年前からそこにいたけれど課長になって初めての部下がお前だった俺と。

男尊女卑をするつもりはないが、それでもこの職場についてこられるのかと内心冷ややかに見ていた俺は、久我に“女”の定義を覆された。


結果も経過も大事だが、最後は努力がものを言う。

すぐに成長に結びつかなくても、必ず力になって自分の助けとなる。


見ていて。全てを懸命に吸収しようと努力する久我は、俺にとって仕事上の楽しみの一つになった。


俺は、ここ数年貼り付けていた無表情という自己防衛を、剥がしきれないでいたが。

それでも、見ていて温かい気持ちになっていたのは否めない。


そんな、なんでもないただの部下だった久我が、今年異動してきた瑞貴と話すたびに募る焦燥感。

なんでそんな気持ちになるのか、最初は正直分からなかった。

ここ数年、仕事だけに力を注いできたから。

恋愛感情なんて、隅の方に追いやってた。


だから最初は職場だっていうのに、幼馴染どうしで仲良しこよししてるのが、子供みたいでイラついているのかと思ってた。


でも、それは違かった。


何かの拍子に体がぐらついた久我を瑞貴が抱きとめているのを見たとき、やっとこの感情を理解した。

ただ、助けているだけなのに、久我に触れる瑞貴を殴り飛ばしたくなった。



――それは、忘れかけていた、恋愛感情


久我を、誰にも取られたくない、嫉妬心



久しぶりの人間らしい感情に、思わず苦笑いが出た。


仕事だけに目線を定めていたのに。


久我を好きになった、きっかけさえ思い出せないけれど。

きっとそれは、あいつと過ごした毎日で。

閉じ込めてしまいたいほど、久我を思うこの気持ちは。

気付いてから数ヶ月、大きくなりこそすれ小さくなる気配はない。



今まで押さえ込んできたから、真崎や瑞貴が久我にちょっかい出しても無表情で流してきたけれど――




「瑞貴、お前が俺を煽ったんだからな?」






もう、押さえ込まない。


もう、遠慮はしない。


手に入れたいのなら、本気を出すべきだ。






額を押さえていた手を下ろして、空を見上げる。




願わくは、今日の夜、あいつの頭が俺だけでいっぱいになっているように――



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