１３
「あの、課長。ホントになんでもないんで」
なんでもないような、声を、作り出す。
「俺には、言えないか？ 俺は……」
「ホントになんでもないんですってば」
両手を目の前で振って、全力で否定する。
ダメだ、ホントに今日は感情のコントロールがきかない。
このままじゃ、課長に甘えてしまいそう。
俯いたままでいたら。
ぐいっと腕を掴まれて、引き寄せられた。
包まれる、温もり。
「わっ」
両腕が背中に回って抱きしめられたその状態に、慌てて両手を突っ張る。
「ちょっ、課長っ」
「いいだろ？ 最近、ずっと我慢してたんだ。たまには触らせろ」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、少し意地悪そーな声が頭の上から降ってくる。
「さっ、触らせろって、どこのエロ親父ですか！」
私の肩に顔を埋めている課長の口から漏れる息が、感覚をおかしくする。
「エロ親父でもいい、お前を触れるなら。最近真崎やら瑞貴やら、嫉妬する相手が増えて情緒不安定なんだ。責任取れ」
「――っ」
なっ、なんでいきなりこう変わるの？！
「なんでいつも無表情なのに、いきなりスイッチが入るんですか！ 離してくださいって！！」
心臓が！ ドキドキしすぎて壊れるから！！
顔を少し上げて、私を見る。
「なら、いつもこうしてていいのか？」
「ふぁっ」
首筋に掛かる息に、思わず肩を竦める。
「――ん？ 首筋弱い？」
背中に回された手が動いて、指先が首筋をなぞる。
「ちょっ、やめてくださいっ」
懸命に課長の身体を押し返そうとする手は、役に立つわけもなく。
離れようとする身体を、再び課長の腕が押さえ込む。
「お前が、好きだ」
「――っ」
突然もたらされた言葉に、動いていた身体が止まる。
いきなり静かになった私を、面白そうに覗き込む課長の顔。
「何、照れてるんだ。初めて伝えたわけでもあるまいに」
いや、それはそうなんだけど。
ばくばくいってる鼓動が、課長に伝わりそうで余計に音を立てる。
「なんか凄い鼓動だな」
「っ、こんなことされてれば、誰だって――！」
「まぁ、俺も人のこと言えたもんじゃないが」
「――」
そういわれると、気になりだす。
気になると、意識して。
恥ずかしさで、いっぱいになる。
「お前は、怒ってたほうがいい」
「――は？」
なんじゃそれな言葉に、顔を上げる。
そこには、優しい笑顔があって。
「お前は、笑ってたほうがいい」
そのまま、額に唇が落とされる。
やわらかい感触は、すぐに離れて。
まわされていた腕も、ゆっくりと解かれた。
くっついていたその場所が、ひやりとして。
思わず課長に縋りたくなる。
「あまり遅くなるなよ」
動けない私に、にやりと笑う課長の姿。
ぐぁぁっ、前言撤回！ 誰がこんな意地悪やろーに縋るか！
「一体何しに来たんですか！！」
壁に背をつけて身体を支えながら、叫ぶと。
「ん？ 仕事しに」
「してないじゃん！」
床においてあった鞄を手にとって、ドアノブを握る。
顔だけこっちに向いた。
「いや、このままいたら仕事どころじゃないから」
「――っ」
仕事どころじゃなかったら、なんなんだーっ！
って言うのは、口が避けても言えませんっ
口をもごもごさせている私に、噴出しながらドアを開けて廊下に出て行く。
最後に、言葉を残して。
「少しは、温まったか？」
向けられた視線と、口端に残る微かな笑み。
音を立てて閉まったドアは、何も映さない。
ずるずると壁を伝って、床に座り込む。
まだ、体が熱い。
心臓が、壊れるんじゃないかって勢いで鼓動を打ってる。
「温まったかって――」
一人だと思って呟いていた時、すでにここにいたって事？
恥ずかしい……
他に何もいってなかったかしら、私。
それ以上に、気を遣われた気がしないでもないこの微妙な感じ。
両手両足投げ出して、盛大に溜息をつく。
調子狂う。
課長は、ホントもう、どう対処していいかわかんない。
「あーっ、もうっ」
どうせ私は、お子様ですよーっ！！
