12
「――久我?」
そばで聞こえた声に、両手を顔から離して見上げる。
目線を合わせるように屈んで、私を心配そうに覗き込む課長の姿に頭が真っ白になった。
「――課長……。いつの間にここに……」
「今さっき。中に入ってもお前気付かないから」
珍しく、無表情じゃない……ってそこじゃないか。
「すみません、ちょっと考え事……」
「――何かあったのか?」
伺うような口調に、小さく頭を振る。
「――何があった?」
――なんでこんなに確信めいた口調なんだろ……?
「ホントに何も……って、あの課長?」
頬に触れそうになる課長の手を避けるように、少し椅子を引く。
「――久我」
「なっ、なんですか?」
そのまま、少しずつ椅子をずらして課長から離れていく。
だって、近い――
俯いた視線の先に、課長の足が見える。
小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようと両手を膝の上で握り締める。
今は、感情のコントロールが難しい――
「あの、課長……っ」
ガクンッ、と椅子が後ろに下がる。
そのまま横の壁に、椅子の背もたれが当たってくぐもった音を立てた。
――な、何が……
いきなりの課長の行動に、驚くしか術はなく。
思わず椅子の座面の端を、両手で掴む。
「――久我」
両腕で押さえられてる椅子が、軋んだ音をたてていて。
椅子と腕に閉じ込められたこの状態で、私は俯くしかない。
課長がこっちを見ているのが分かるけれど、見上げるほど、心臓は強くない。
「何か、あるなら、言ってくれ」
何か?
なんで? だって、父親のことは知らないはず。
課長の前で、おかしな行動を取った記憶もない。
「ホント、何も……」
沈黙が、辛い。
小さく、溜息をつく声が上から聞こえてくる。
俯いた視線の先に、自分の手。
課長のスーツの裾。
手を伸ばせば、縋りつけるけれど
――誰かに聞いて欲しい
慰めて欲しい
同情して欲しい
でも――
包んでくれる、人はいない。
自分で、求めようとしないから。
怖いんだよ……、またいなくなるかもしれないんだもの――
だから
一人で、押し込めて、殺していくしかない
この気持ちは――
頑な、て、自分でも思う。
可愛くない
でも。
無くす辛さに比べたら――