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「で。なんですか、課長?」
企画室の目の前の廊下。
久我の姿が廊下を曲がって見えなくなると、瑞貴の視線が鋭いものに変わる。
「なに、とは?」
廊下に出た途端、視線で呼び止めたのはお前だろうと、言外に含めて瑞貴を見る。
自分よりも目線の高い瑞貴は、ズボンのポケットに手を突っ込んで肩を竦めた。
「その前に、すげぇ眼で見られましたけど?」
その言葉に、表情を変えないまま見返す。
大体、真崎と打ち合わせに行っていた久我と斉藤たちとラウンジに行ったはずの瑞貴が、なんで連れ立って企画室に帰ってくる?
「なんで俺が美咲と一緒に帰ってきたのか、嫉妬心つつかれました?」
「――俺を、怒らせたいのか?」
瑞貴はポケットから手を出すと、とんでもないというふうに笑う。
少し眉を顰めると、面白そうに口端をあげて笑いながら瑞貴は俺の横をすり抜ける。
「別に教える事でもないんですけど、関わるみたいだから課長にもお願いしとこうと思って」
「お願い?」
そういう割には、でかい態度だな。
「今から会う取引先、久我さんって人がいるんですけど美咲にあんま近づけないようにしてやってくれませんか? 課長」
「は? 久我?」
なんだいきなり――
瑞貴の後ろを歩きながら首を傾げると、
「訳は教えません、俺のことじゃないんで。でも、美咲の為だからお願いしてるんですよ。力のある上司にね」
「――上司に対してとは思えない口調だが? ずいぶんと、好戦的だな」
瑞貴は、振り返らない。
「いいんです、今はライバルな俺ですから。でも、美咲の為なら課長にだって頭下げますよ?」
ライバルな俺って――
態度とは違う、子供じみた言葉に内心苦笑いが零れる。
「さっき、美咲を抱きしめちゃいましたからね」
――
思わず、目を見開く。
その瞬間を見逃さないように、前を向いたままだった瑞貴が半身こちらに向けた。
「だから俺、今なら頭ぐらい下げられますよ?」
「――それを俺に言って、お前は何がしたい」
怒らせたいのか、殴られたいのか、望む方をくれてやる――
「――最初のやり返しです。俺、諦めも悪いけどやられたらやり返す方なんで」
最初……の?
俺が、瑞貴に久我のことをけしかけたことか?
「それに俺、年下なんで。課長に対しても美咲に対しても――」
じっと、視線が絡む。
瑞貴は冷たい色を浮かべた眼で、俺を見る。
「余裕、ないんですよ」
そう笑う瑞貴の眼は、余裕のない奴には少しも見えなかった。