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数秒、多分ほんのちょっとの時間。
すぐに私は、ドアノブを押して中に入った。
「すみません、遅くなりまして」
ファイルを両手で前に持ち、きっちり頭を下げる。
「あ、いえ。こちらが早くきすぎてしまっただけですから」
手前に座る若い男性が、立ち上がって頭を下げる。
そしてもう一人も立ち上がった。
真崎は私を横に呼ぶと、名刺交換をするように促す。
私はファイルを机に置いて名刺入れを取り出すと、奥の五十代の男性と目を合わせた。
「はじめまして。企画室に所属しております、久我と申します。どうぞよろしくお願いします」
そう言った途端、目の前の男性が少し表情を変えるのと、その隣の若い男性が小さく声を上げるのが同時だった。
「久我さんとおっしゃるんですか! 部長と同じ苗字ですね」
「そうなんですか? それは奇遇ですね」
その人に笑いかける。
奥に座る“久我さん”は、私に向けて名刺を差し出した。
「マーケティングを専門にやっております、久我……利明と申します。よろしくお願いします」
差し出された名刺を貰って、会釈する。
前に座る男性は水沢 亨さんという、久我部長の部下だと挨拶する。
名刺交換を終えて椅子に座ると、真崎がにこやかに笑った。
「いや~、久我部長もいらっしゃるって言うからぜひ久我さんも呼ばないとと思って。なかなか、同じ苗字の人と仕事をするっていうのもないでしょう?」
「真崎さんは、面白たがりですよね。ホント」
水沢さんは苦笑いを浮かべながら、手元の資料を私と真崎に手渡した。
「――いや、私も貴重の体験だと思いますよ」
久我部長が少し神妙そうに、呟く。
意を得たことかと真崎は笑って、
「じゃ、ややこしいんで。こちらの久我さんを久我部長と役職をつけて呼ばせていただいてもいいですか? 久我さんは、久我さん。もしくは美咲ちゃん」
「――先輩。失礼ですよ、皆さんに」
少し低めの声で、真崎を牽制する。
「美咲……さん、とおっしゃるんですね」
久我部長が、私を見る。
その視線を射るように見つめて、にっこりと笑って頭を下げた。
「真崎が変なことを言って申し訳ございません。どうぞ、私のことは久我とお呼びください」
「あ、はい。では、久我さんと呼ばせていただきます」
「よろしくお願いします、久我部長」
私たちが話し終わるのを待って、水沢さんの話が始まる。
今回、私の企画に対して外部にマーケティングを頼んだのだそうだ。
課長の企画と連動していることもあって、そっちの方も担当するといっていた。
資料を手繰りながら、じつは頭の中はいろいろなことが巡っていて。
それはひとえに、たまに隠れたように注がれる、視線の所為に他ならない。
今後の予定や細かいところの詰めの打ち合わせを終えて、一息ついたのは一時間後。
「結構、無茶言いますね。真崎さん」
水沢さんは、終止苦笑い。
真崎さんは水沢さんの出した資料にチェックを入れながら、今後の予定にも細かく書き込みを入れている。
「水沢くんならできると思ってるからだよ。久我部長、彼は優秀ですねぇ。お若いのに」
「あはは、ありがとう。無茶いって、こいつの力伸ばしてやってください」
笑いながらぽんぽんと、水沢さんの頭を叩く。
「それよりも、真崎くんの下にいるなら、彼女も仕事ができるんじゃないのかい?」
そのまま優しそうな眼差しを、私に向けてくる。
真崎さんは、にこにこと笑いながら立ち上がった。
「今も頑張ってもらってますが、僕は彼女の伸びしろに期待してるんですよ。さてと、こちらの方は終わりましたし、珈琲でも飲みに行きますか?」
その言葉に各々片づけを始める。
私は書類をファイルにしまうと、そのまま真崎を見上げた。
「仕事があるので、私は戻りますね。よろしいですか?」
「うん、構わないよ」
真崎は頷いて、久我部長と水沢さんを会議室の外へと促す。
私は一番後ろからついていって、エレベーターホールまで歩いた。