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14

「……もし私のせいなら……私、最低だよね――」

「何が?」

いきなり声を掛けられて、正直心臓がキュッと縮んだ気がした。

声と共に横に人が立つ感覚。

恐る恐る視線を上げていくと、真崎の甘ったるい顔が私を見下ろしていた。


「真崎さんでしたか……、驚かせないでくださいよ」

真崎は私の横で頬杖をつくと、前を向いたまま疑問を紡ぐ。

「何が最低なの?」

「え……」


何がって……


真崎に向けていた視線を、再び眼下に戻す。

「別に、その……なんでもないです」

「――そう?」

無理に聞き出そうとはしないらしい雰囲気に、内心ほっとする。

スーツの上着は座敷においてきたのか、Yシャツの胸ポケットからタバコを取り出して口に銜える。

慣れた仕草でそれに火をつけると、細く煙が上っていった。


「真崎さん、タバコ吸うんですね。初めて見ました」

タバコの煙になのか、何か沁みたように目の奥がつんとする。

それに気がついて上げようとしていた視線を、下に向けた。

「あんまり吸わないんだけど、ストレスたまるとダメだね」

「ストレスですか? なんだか真崎さんには、似合わない言葉ですね」

「そう?」

口端だけをあげて笑うその表情も、初めて見る。



皆、すごいな……



内心呟く。


これも、真崎さん。

いつものおちゃらけも、真崎さん。


どうやって、スイッチを切り替えるんだろう。

私には出来ない、全てが精一杯で。

それで、誰かの心も生き方も引きずってしまっているとは思わなかった。

哲、は。

企画課に来て、楽しいんだろうか――

これで私が振り向かなかったら、どうするんだろう――



そう思うことでさえ、哲に失礼な気がする……。




しばらく黙ったまま、真崎とそこに立っていた。

真崎は二本目のタバコを吸い終わると、携帯灰皿にそれをしまって囲いに背中を預ける。

「あのさ、美咲ちゃん。提案があるんだけど、聞いてもらえる?」

「――提案?」

いきなり話しかけられて、声が少し上擦る。

真崎は少し笑うと、頷いた。

「そ。皆にはナイショね」

「――はい」


皆にって、皆に……?


「美咲ちゃん、僕のところに異動する気ない?」

い……どう……?

その言葉に、全身から血が引いた感覚。

どういう意味か分からず、視線を揺らしながら真崎を見る。

「僕ね、来年から新しい部署を作るの。内示は出てるんだけど、まだ加倉井課長も知らないことだから言っちゃダメだよ」

「新しい……部署?」

そう、と視線を私から外した。


「神奈川の支社にね、企画広報部っていう企画メインの広報部を立ち上げるんだ。本社には企画課と第一広報部、神戸には第二広報部があるでしょう?」

「……はい」

「実際、前に斉藤の企画を担当した時に、最初っから企画と広報一緒にやればスムーズなのにって思ったんだよね。まぁ、本社の企画と広報をくっつけるって安易な提案もあったんだけど、それだけじゃ企画も広報も間に合わない。お互い、いろいろ仕事があるからね」


確かに、そう。


企画課は企画をすればいいけど、広報は企画課が作った商品を宣伝するだけが仕事じゃない。

社内も含めて他社へのプレゼン準備だって、メディア対応だって、事務処理だって、社外的なものも含めてたくさんの仕事を抱えている。

華やかなだけじゃない、地道に根気のいる仕事だってたくさんある。


「だから、試験的に新しい部署を作ることにしたんだ。で、メンバーは僕が決めていいの。いくつかの部署から引っ張ってこようと思ってるけれど、企画課からは美咲ちゃんが欲しかったりする」

「え、私……ですか」

「そう、前来た時に根性がある子だと思ってたから。それと今回の企画かな」

違うところを見ていた真崎の視線が、私の方に降りてくる。


いつものおちゃらけた表情じゃない、仕事、の顔。


「課長と同じ素材を使っているのに、目をつける場所の違う発想力がいいと思った理由かな。神戸で企画書見たとき、僕的にはもう決めちゃってたんだけどさ」


そこまで話して、重心を戻すように囲いから身体を離す。


「すぐじゃないから。僕がこっちにいる間……そうだな、二ヵ月後の今日、返事くれればいいよ。それまでじっくり考えて――今の美咲ちゃんの……状況もね」

「え?」


私の状況?


聞き返そうとした言葉は右の掌で止められて、何も言えず真崎の背中を見送った。


ドアが音を立てて閉まるのが見える。


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