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頷きながらまわりに視線をやっても、川島くんの隣の加藤くんは反対側を向いちゃってるし、私の隣は田口さんが席を立ったから誰もいなく壁だけ。
丁度目の前も誰もいないから、話を聞かれることはない。
それだけじゃなく、だいたい騒がしいしお酒入ってるから人の会話を盗み聞きしてる人もいないとおもう。
それを見越して、聞いてきたらしい。
でも気になるのか手のひらをぴらぴらとさせて、壁際に寄らされる。
ぺたりと壁に背中をつけると、安堵したのか川島くんは話を続けた。
「ずっと久我に聞きたくてさ、俺よりは哲弘の事知ってるだろ?」
「どうだろ。大人になってからは、そこまで理解できてるとは思えないんだけどね」
理解できないこと、多いし。
最近、見たことのない哲ばっかりで。
哲に迫られたことを思い出して、慌てて頭を振る。
そんな私を少し怪訝そうな目で見ながら、川島くんはタバコを口に銜えた。
「ホントはあいつ、営業から出したくなかったんだぜ? でも、去年の夏の考課面接でいきなり異動希望出しやがってさ」
「考課面接……」
「……あ、これナイショな。なんでいきなり異動希望なんて出したのか分からなくて、部長に聞かれたんだよ。心当たりはないかって」
まったくないから俺もびっくりしてさー、と後頭部に手をやる川島くんは苦笑い。
「本人に聞いたら、自分の力を試したいからって言うし。まぁ、企画課は会社の中枢だからな。確かに目指してもおかしくないんだけど」
「……だけど?」
「言ったろ? あいつの長所。持ち前の気の強さと社交性と外面のよさ、それに頭の回転いいしな。どう考えても営業向きなわけよ。実際あいつの営業、俺が見たってすげぇなーって思ってた。このまま営業一本でエリート街道突き進んでいくと思ってたからさぁ」
最後の方は、溜息と一緒に言葉を零す。
その目が、お前何か知らない? と、問われているのが分かるけど、首を傾げて口を開く。
「わかんないや、ホント。外面いいのは確かだけど、それだけが哲じゃないからさ。もしかしたらやりたい何かがあったのかもしれないし。私にはなんとも……」
「そっかー。まぁ二十六の男がそんな事幼馴染にいわねぇか。あったく、もったいねぇよ。今からでも戻ってくんないかなぁ」
大げさに肩を落としてタバコを灰皿に押し付ける川島くんに、おずおずと聞いてみる。
「もしかして、今大変? 営業って」
この飲み会にも、まったくいないわけじゃないけど営業部の人間は二・三人。
川島くんも、確か途中から座敷に入ってきたはず。
「忙しいよ、ホント。言いたかねぇけど、今の部下使えないんだよ」
「わっ、それは言いすぎじゃないの?」
いないって言っても、見える範囲に営業部の人いるんだから。
川島くんは右手を振って否定する。
「皆思ってることだからいーの。今日、下の奴来てないし。てかさ、別に仕事できなくてもいいんだよ、努力してくれればさ。その根性が足りないんだよね」
「あー、根性ね。それは確かにイヤかもね」
同意した私の言葉をきっかけに、いつの間にか営業部の愚痴に話が変わっていってしまった。